神聖巫連盟 : 雑談用
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有馬信乃@神聖巫連盟
- 08/6/2(月) 23:38 -
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5:戦略と戦術と戦法
戦略とは国家における軍事行動であり、戦術とは軍隊における軍事行動であり、戦法とは部隊における軍事行動を指す。
戦略は堅実でなくてはならない。山のごとく固く守る必要が有る。ここでの優劣が国の存亡に関わるからである。
戦術は自由でなくてはならない。水のごとく形を変える必要が有る。敵に行動を読まれてはならないからである。
戦法は応変でなくてはならない。火のごとく激しく攻める必要が有る。敵を撃破しなくてはならないからである。
・藩国による戦略
軍事とは政治の一部であり、軍事において最も政治に密接しているのが、戦略である。消費物資、人材の確保、戦力の増強、これらは軍事行動よりも政治行動によって獲得されるものだからである。
政治的側面から見た戦略構想のひとつを政治書である管子はこう語る。
//*//
兵の為むるの数は、財を娶むるに存し、而して財に敵なし。工を論ずるに存し、而して工に敵なし。器を制するに存し、而して器に敵なし。士を選ぶるに存し、而して士に敵なし。政教に存し、而して政教に敵なし。服習に存し、而して服習に敵なし。偏く天下を知るに存し、而して偏く天下を知るに敵なし。機数を明らかにするに存し、而して機数を明らかにするに敵なし。故に兵いまだ境を出でずして、敵なきもの八。
ここをもって天下を正さんと欲すれども、財、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。財、天下を蓋えども、工、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。工、天下を蓋えども、器、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。器、天下を蓋えども、士、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。士、天下を蓋えども、教、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。教、天下を蓋えども、習、天下を蓋はざれば、天下を正す能わず。習、天下を蓋えども、偏く天下を知らざれば、天下を正す能わず。偏く天下を知れども、機数に明らかならざれば、天下を正す能わず。
故に、機数に明らかなるは、兵を用うるの勢いなり。
必勝の条件として八つある。資材を豊富にすること、技術を重視すること、優れた武器をつくること、優秀な人材を選ぶこと、軍律を厳しくすること、弛まぬ訓練を行うこと、広く情報を収集すること、臨機応変の処置をとること。
戦争となる前に、これらの点を養っておけば、天下統一の体制が整う。
いくら天下を平定しようと望んでも、物資がなければ、望みは果たせない。物資があっても技術がなければ望みは果たせない。技術があっても、武器を造らなければ望みは果たせない。武器があっても人材が無くては望みは果たせない。人材があっても規律が緩んでいれば望みは果たせない。規律が厳格でも訓練が十分でなくては望みは果たせない。訓練が十分でも、知識と情報がなければ望みは果たせない。知識や情報があっても臨機応変に動けなければ望みは果たせない。
つまり、臨機応変の処置こそが、必勝をもたらす要である。
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管仲の述べる八つの条件は、まさにアイドレスそのままである。自国の現状と照らし合わせて頂きたい。抜け落ちている点は無いだろうか、何かが突出しすぎていないだろうか。
ここにあげた条件を整えることは、どの藩国も言われなくても行っているだろう。しかしながら、これらのことを意識して行っている国はどれだけあるだろうか。ただ目先の戦闘に囚われて、中長期的な視野をもたず行っていないだろうか。
戦略において重要なのは長期的な計画である。短期的な計画や、目先の利益によって戦略を決定していては、一度の敗戦によって大きな損害を被ってしまう。しかし、長期的な計画をもってじっくりと準備を整えておけば、一度や二度の敗戦でも十分に取り返せるのである。
その昔、漢の劉邦は項羽との直接戦闘においては負け続けていた。しかしながら、周囲を取り込んでいき項羽を孤立させ、最終的に中国の統一を成し遂げたのである。日本の例では徳川家康だろう。彼は三方原で武田信玄に惨敗し、小牧長久手で豊臣秀吉に破れ、しかし関ヶ原の一戦で勝利したことによって、天下統一を果たしている。
二人に共通しているのは、国力が弱い時には無謀な戦いを行わず十分に国力を蓄え、機を見ると一気に行動を開始したことである。
戦闘イベントがあるからといって、みだりに兵を動かすことは、上策とは言えない。彼らのように、戦えない時にはイベントに参加しないことも十分考慮に入れる必要があるだろう。編成によってはイベント参加の回数も限られてしまうため、重要なイベントに参加できなくなることもあるのだ。
掲示板ゲームは連動していたりしていなかったりと様々な状況で行われる。連動している場合は他国との協調を行えば自国のリスクも軽減できるが、していない場合では、自国の国力のみによって進めていかなくてはならない。そのため、むやみやたらと出兵をくり返せば、人材は疲弊し、国力はやせ細るだけである。国庫は充実しているか、兵力は十分に存在しているか、そう言った点をこそ、今後慎重に考えなくてはならない。
アイドレス2となって、生活ゲームの登場によってさまざまなことが行えるようになり、アイドレスは単なる戦争ゲームではなくなった。経済、外交など、政治的側面が強化されたことによって、軍事のなかにも政治的側面が付加されてきたように思う。そのため、単に戦術的な面に特化した国防のみにとらわれず、政治的観点も踏まえた上での富国強兵策を考案していくことが必要であると考える。
・掲示板による戦術
掲示板ゲームにおいて戦術のほとんどは役に立たないと思われる。というのも、部隊の行動、行軍先(次のアイドレス)があらかじめ設定されているからである。したがって、こちらが行いたい行動が常に出来る状態にあるわけではないのだ。
孫子は戦術に関してこのようなことを述べている。
//*//
三軍の衆必ず敵を受けて、敗ることなからしむべきものは、奇正、是なり。
兵の加うる所、たんをもって卵に投ずるがごとくなるは、虚実これなり。
およそ戦う者は、正をもって合し、奇をもって勝つ。
全軍が敵と対峙して不敗の体制をつくり出すものは、正攻法と奇計の組み合わせである。
石で卵を割るように敵を破るには、充実した戦力を手薄な敵陣に兵を送ることである。
軍隊は、正攻法によって敵と対峙し、意表をついて勝利の機会をつかむ。
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戦術とは、正攻法と奇計とを組み合わせて構成されるものである。ところが、行動の制限が設けられている掲示板ゲームでは、奇計を持ち込むための余地が少ない。これでは、戦術の幅を広げることが出来ず、場合によっては、自軍を不利な状態へと追い込むだけになってしまう。
このような点から考えて掲示板ゲームにおいては、変幻自在の戦術的発想よりも、手堅く手をうつ戦略的発想によって部隊を動かしていく方が効果的ではないかと考える。
しかしながら、戦術的発想が不要であっても、戦術的知識が不要となるわけではない。こちらから戦術的行動を仕掛けることが出来なくとも、敵は戦術的行動によって動いているからである。敵の行動がどのような意図をもって行われているのかを考察するためには、戦術的知識を必要としてくる。敵の意図を読み解くことが出来れば、こちらもそれにあわせて手堅い行動選択を行えば、十分に危険を回避できるのである。
以上のようなことから、掲示板ゲームにおける戦術は、
「敵軍の行動を読むために戦術的発想を必要とし、自軍の行動を行うにあたっては戦略的発想を必要とする」
このような本質をもっているのではないかと考える。
ただ、一口に手堅い行動選択をと言っても、どの行動がそれにあたるのかは一概には言い切れない。最も良いのは、状況をきちんと判断して行うことであるが、いつでもその情報が正しい、もしくは、得られている、とは限らない。
そのようなときは、一つの指針をもってあたるのが良い。
たとえば、彼我の戦力差を一番に考えた場合はこうなる。
敵の戦力がこちらより大きい時は、敵が進めば退き、敵が退けば止まる。敵が強大で進んでくる時は、こちらが不利な状況であるため、正面から戦わず、有利な状況をつくり出せるまで、退くのが良い。こちらが不利な状況にあるにもかかわらず、敵が退くのであれば、敵にこちらを攻めることの出来ない理由が存在するのだから、その場に止まって情報を集めるのが良い。
敵の戦力がこちらより小さい時は、敵が進めば止まり、敵が退けば進む。不利な状況であるにもかかわらずこちらを攻めてくるのには何かしら理由があるのだから、止まって情報を集め、敵の意図を見極めた後に攻撃を開始すれば良い。不利にある敵が退くのは当然のことであるから、こちらは多勢をもって追撃をかけるのが良い。ただし、敵の撤退がこちらを誘い出すための擬態である可能性に十分に注意する必要がある。
敵の戦力が同等である場合は、敵が進めば進み、敵が退けば退く。戦力に大きな差がないのであれば、彼我の損害に大きな差は生じないから、敵が向かってくるのなら正面から戦っても損害は大きく出ず、敵が退くのであればこちらも退いて速やかに次の行動を起こし、敵に先んじるのが良い。
これは単なる一例であって、あらゆる部隊、いかなる状況にも適しているものではないが、このように自部隊の行動において一つの方針を定めておけば、その状況に応じて方針を決定していけば、勝てなくとも負けない戦いを行うことができると考える。
・部隊による戦法
戦法は応変たれといえど、一つの部隊が複数の攻撃手段をもつことは理想的であっても現実的ではない。実際問題として75%ルールであったり、評価値の分散であったりと、壁となる部分が多く、万能部隊を求めようとするなら結果として、分割によってARを欠いた部隊や評価値の一段低い器用貧乏な部隊になるだけであろう。
ただの一部隊において言うならば、万能であることよりも特化である方が良いと考える。十本の木刀があろうとも、一本の小刀を折ることは出来ないが、一本の小刀は十本の木刀を折ることが可能だからである。しかしながら一本の小刀があろうとも、使用者が刃物の取り扱い方を知らなくては、十本の木刀どころか、一本の竹刀すら切ることは出来ない。
つまり、応変たれとは使用者を指しての言葉なのである。
例えば白兵戦が得意ならば敵陣に斬り込まねばならない。例えば遠距離戦が得意ならば、敵とは距離を保ち続けなくてはならない。例えば装甲が厚いなら、他の部隊を守る盾となれば良い。このように自らの得意とすることを実戦し、敵の意図することをさせなければ、それは最良の戦法と言えるだろう。
戦術と戦法は非常に似通っている。これは戦術は全軍の戦法であり、戦法は部隊の戦術だからである。しかし、戦術と戦法では決定的に違うものがある。戦術は自軍を有利な位置に導くための手段であるのに対し、戦法は敵を殲滅するための手段である、と言う点である。
いかに優れた戦術を用いようと、各部隊が有効に敵を殲滅できなくては意味がない。これは裏を返せば、敵が優れた戦術を用いてこようとも、各部隊が優れた戦法をもって敵部隊を打ち破れば、戦術的劣勢を覆すことが可能であることを意味している。
一部隊において戦術的劣勢を覆した例としては、戦国時代、長谷堂城の合戦における上杉軍の前田利益の活躍がある。
1600年、最上家の長谷堂城を攻撃していた上杉軍は、関ヶ原の合戦において西軍が敗れたため、徳川軍の来襲に備えるため、急遽撤退を余儀なくされた。このとき、本体を先に返した上杉軍は三千、援軍の到来した最上軍は二万近く、この退却戦は苛烈を極め、上杉軍はほぼ壊滅状態にあった。このとき、前田利益は兵300を率いて最上軍の本陣めがけて中央突破をかけ、勝利を確信し油断していた敵を混乱に陥れ、その間に上杉軍は撤退を完遂させた。
このように、わずか一部隊であっても、状況にあった有効な戦法を用いることができたなら、戦況を覆すことが可能となる。
各部隊が、どのような状況で、どのような役割を担い、どのように行動するか、をあらかじめ想定しておくことは、戦闘を優位に進めるために良く知っておくことが必要である。
では、部隊に適した戦法とはどのようなものだろうか。
まず先に、今回の二つの戦闘イベントでの、カード内における攻撃行動の選択肢を見てもらいたい。
<OVER90>
*白兵距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,白兵,25,4,75
*近距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,近距離,28,4,75
*中距離距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,中距離,30,3,50
*遠距離距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,遠距離,35,3,50
<空爆の開始>
*白兵距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,白兵,X−10,7,X×4
*近距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,近距離,X−5,6,X×4
*中距離距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,中距離,X,5,X×4
*遠距離距離まで移動して敵一部隊に攻撃を行う,遠距離,X+5,3,X×4
白兵近距離の評価値は難易が下がっているが、ARが高く、中、遠距離は評価値の難易は高いがARは低い。この状況は、カード内における自軍と敵軍の位置関係によって生じていると推察している。
この点から、ARの低い部隊は遠距離を、ARの高い部隊は難易度の低い白兵を用いるのが良いと考える。ARは行動回数と言いかえることも出来る。難易が低いからといって白兵ばかりしていると、結果的に少数の部隊しか倒せず、効率的とは言い難くなる。例えば、ARが最低値の10であったとして、OVER90では、近距離以下は二部隊、中距離以上は三部隊撃破可能と差がついてくる。空爆の開始に至ってはもっと顕著に差が現れる。もし攻撃の選択肢を複数もっているのであれば、この点に注意を払って攻撃行動を選択する必要がある。
ただ、一つ捕捉しておくことがある。地上戦においてのみ攻撃力に自身のある場合は、グルーピングによって一度の攻撃による部隊撃破数を稼ぐ手段が存在する可能性がある。グルーピングを行う場合、f:を通すや何らかの特殊が必要となってくるかもしれないが、評価値に余力があるのなら同じ行動を複数回行って攻撃するよりも、一度の攻撃で複数を撃破することができ、ARの節約に繋がる。
宇宙戦においては距離の関係で使用できないだろうが、地上戦だけなら不可能ではないように推察される。
戦略は軍事の要であり、戦術は戦争の要であり、戦法は戦闘の要である。物資の不足や兵士の強化など戦略面が整っていなければ、いかなる軍事行動を行っても勝利には届かない。行軍や連携など戦術面が整っていなければ、いかなる戦争でも勝利はおぼつかない。攻撃や防御など戦法面が整っていなければ、いかなる戦闘でも勝利には結びつかない。したがってこの三つがきちんと整っていなければ、勝利は難しいと言えるだろう。
*終わりに
掲示板ゲームはこれまでのリアルタイム戦闘と異なり、長考するための時間的余裕が存在している。一瞬の決断を迫られるメッセでの戦闘と比較して、精神的にも身体的にも負担の少ない有利な状況と言えるだろう。しかしながら、自国の様子を見ていると提示された戦闘(カード)にのみのめり込み、せっかくできた時間的余裕を有効に使えていないように思えた。もしこのような国が多発すれば、有利な体勢にあっても被害は増大し、不利な体勢にあっては逆転の機会も掴み損なうことになるだろう。
掲示板ゲームは時間的余裕を生み出したが、その反面で行動の自由が制限されているのである。そのため、意表をついた行動によって全体を大きく覆す余地も非常に少なくなったと言える。自国の状況だけを見て判断を行っていては、全体の勝利への道を閉ざすことになりかねない。各藩国が一丸となって、計画的に行動していくことこそが肝心なのではないかと考える。カード内において同調攻撃などを行うことは制約があっても、どのような方向で先へ進んでいくかなどを話し合う時間的余裕が存在しているのである。連動イベントでは、この点をもっと有効に使っていくべきだと考える。
また、アイドレス2はこれまでのアイドレスと異なり、政治面の機能が増加している。したがって、これまでは軽視できた戦略面も、今後は重要な一要因となってくると考えられる。これはなにも、それぞれの藩国独自の政治経済だけではない。もっと広い範囲、帝国、共和国、ひいては、テラ領域全体の状況を踏まえての戦略面が必要になっているように思える。
掲示板ゲームのように各国がそれぞれ部隊を率いて戦わねばならない時は、大国一つでは勝てないのである。複数の藩国が互いに補佐しあってこそ、有利に進めるのだ。今回のOVER90を見る限りでは、自分の役割を考えて行動していても、自分だけの役割におさまり、全体の中での役割として有効に動けていた例は少ないように思える。
このような点から、戦術方向に固まった発想だけでなく、世情を考慮した戦略的視野も踏まえた上での活動が必要となってくると考える。
<参考文献>
中国の思想第八巻 管子
中国の思想第十巻 孫子・呉子
戦争論
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