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 ▼SS「婚姻の儀式」  信乃 07/4/5(木) 20:51
   ┣SS「婚姻の儀式」後半  信乃 07/4/5(木) 20:53
   ┣Re:SS「婚姻の儀式」  柊 久音 07/4/10(火) 22:00
   ┃  ┗Re:SS「婚姻の儀式」  信乃 07/4/12(木) 22:38
   ┣SS「摂政のお仕事」  信乃 07/4/12(木) 22:43
   ┃  ┗Re:SS「摂政のお仕事」修正1  信乃 07/4/13(金) 1:59
   ┣SS「春眠暁を覚えず」  信乃 07/4/14(土) 15:24
   ┃  ┗Re:SS「春眠暁を覚えず」  柊 久音 07/4/21(土) 23:02
   ┃     ┗Re:SS「春眠暁を覚えず」修正一校  信乃 07/4/23(月) 16:23
   ┣SS「春眠暁を覚えず」後編  信乃 07/4/14(土) 15:25
   ┃  ┗Re:SS「春眠暁を覚えず」後編  柊 久音 07/4/21(土) 23:12
   ┃     ┗Re:SS「春眠暁を覚えず」後編 修正一校  信乃 07/4/23(月) 16:28
   ┣SS「下町の七さん」  信乃 07/4/20(金) 1:47
   ┣SS「桜の宴」  信乃 07/4/21(土) 1:05
   ┣SS浜のけんか祭  信乃 07/5/7(月) 2:01
   ┃  ┣SS浜のけんか祭  信乃 07/5/7(月) 2:03
   ┃  ┃  ┣SS浜のけんか祭 2  信乃 07/5/7(月) 2:05
   ┃  ┃  ┣SS浜のけんか祭 3  信乃 07/5/7(月) 2:06
   ┃  ┃  ┗SS浜のけんか祭 4  信乃 07/5/7(月) 2:07
   ┃  ┣SS七さんの祭  信乃 07/5/7(月) 2:08
   ┃  ┃  ┣SS七さんの祭 2  信乃 07/5/7(月) 2:10
   ┃  ┃  ┣SS七さんの祭 3  信乃 07/5/7(月) 2:12
   ┃  ┃  ┗SS七さんの祭 4  信乃 07/5/7(月) 2:12
   ┃  ┗SS浜のけんか祭 エピローグ1  信乃 07/5/7(月) 2:13
   ┃     ┣SS浜のけんか祭 エピローグ2  信乃 07/5/7(月) 2:14
   ┃     ┗SS浜のけんか祭 エピローグ3  信乃 07/5/7(月) 2:15
   ┣SS「わらしべ長者ver巫」  信乃 07/5/27(日) 19:19
   ┃  ┗Re:SS「わらしべ長者ver巫」表示方法  信乃 07/5/27(日) 23:07
   ┣SS「巫の中心でXXを叫ぶ」  信乃 07/6/29(金) 22:58
   ┗SS「焼き鳥屋の受難」  信乃 07/7/23(月) 6:32

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 ■題名 : SS「婚姻の儀式」
 ■名前 : 信乃
 ■日付 : 07/4/5(木) 20:51
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   とりあえずの第一稿です。

摂政さま、みぽりんさん、ボロマールさん(たけきの藩国)、言動のチェックお願いします。

他、皆様方も設定とか用語とかで何かございましたら、校正よろしくお願いいたします。

<注 本物の弁財天は宝厳寺都久夫神社の祭神ですが、当SSでは宝厳須磨神社という架空の神社に祀っています>

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 それは今とは異なる はるか昔の物語
 朱砂の王(すさのおう)は蜑乙女(あまのおとめ)に恋をした
 二人は互いに惹かれあい、一つになろうとした
 ところが彼らが交われば、世界は災厄に見舞われた
 かくして彼らは引き離されることとなった
 一人は山に、一人は海に

******                            ******

「えー、本日はお日柄もよく二人を祝福しているかのようです。
結婚というものは……(長いので省略)……しかして褌こそ……え?ずれてる?」

ある藩国民の祝辞より

******                            ******

 その日は朝から国を挙げてのお祭だった。
 宝厳須磨神社にはたくさんの客が詰めより、神社周辺に軒を連ねた出店からは威勢のよい客引きの声が響き渡る。普段の祭よりも三倍は人で賑わっていた。
「きゃああ〜! りんごあめですう〜♪ 金魚救いですう〜♪」
 子供のように……、否、子供以上にはしゃぎまわる女官と、その後を追いかける巫女達。まるで園児と保母さんのようだ。
「みぽりんさまぁ、そろそろ戻ってお支度をなさらないと……」
「大丈夫、どうせ摂政さまは遅刻するんだから〜」
 摂政の遅刻とみぽりんの支度は別問題であり、けして大丈夫な事ではない。だがみぽりんは、焼きうどんはっけ〜ん、と大声を出しながら人ごみの中へ飛び込んでいった。
「ちょ、ちょっと、みぽりん様? お、お待ちくださいっ!」

 それは前日の事である。

 夜もふけた頃のみたらし団子茶房「巫」。店内はがらんとしており、店員としてはもう店じまいの看板を掲げたいところだったが、たった二人の客のためにいつもより営業時間を延ばしてして、二人がはやく帰ることを、ただ一心に神に祈っていた。もちろん彼らが普通の客であったなら、蹴り飛ばしてでも終業時間に追い出すのだが、相手が相手だけにそのような真似を軽々しくはできない。
「摂政さま〜。みぽりん、これ着てみたいです〜」
 彼女は洋書を取り出して一枚の写真を指さした。そこに写っているのは、一枚つなぎの着物を纏い、胸の前に両手で花束を抱えた女性。頭に冠のようなものを被り、そこから半透明の布が垂れ下がっている。当然のことながらこの国では見ることもない衣装だ。
「たしかにみぽりんにはその色のほうが似合うとは思うけどね……。ただこれは決まりごとだから、この中の衣装で我慢してくれないかな」苦笑いを浮かべながら、彼は古い和漢書の絵を何点か指し示した。「一応この国での、大事な儀式だかね」
「むぅ……、こっちがいいですう」
「そんな顔しないで。これは神様への奉納なんだから」
 いよいよ彼は困った顔をして彼女をなだめるが、今度ざっはとるてを作るから、等と必死の交渉の末にようやく納得をさせたようだ。ざっはとるてが何のことかはわからない店員だが、よほど美味しいお菓子なのだろう。彼女の顔が一瞬にして満面の笑みに変わったことがそれを表している。
 そこから二人の会話は一変した。彼の長く微に細を入った丁寧な説明に対し、鼻歌交じりの二つ返事。というよりは、右の耳から左の耳へ抜けているのでは、と思わせるような笑顔で、彼は何度も念を押すように、一つの事に、二度三度と同じ説明を繰り返した。
「さて、と……」ようやく彼が重い腰をあげた。「打ち合わせはこのくらいにして、そろそろ帰るとしようかね。みぽりん、もう一度言っておくけど、明日は、か・な・ら・ず、遅刻しないように気をつけるんだよ?」
「はいは〜い。もちろんですよ〜。ざあっはとるて〜♪ ざっはとるて〜♪」
 本当に大丈夫だろうか、と心配する彼を置き去りにして、彼女は陽気な歌声を上げ、軽やかな足取りで店から出て行った。代金を机の上に置き、「遅くまで申し訳ありませんでした」と謝った彼は、急ぎ足で彼女の後を追いかけていく。
 やっと開放される……。
 店員が開放感から安堵の息を漏らし、少しだけ間を置いてから、店頭ののれんを片付けに外へ出たとき、東の空はまぶしく輝いていた。

 海のように真っ青な空。雲ひとつない快晴。鳥居にもたれかかって信乃は空を眺めていた。この日のために、陰陽師、有馬信乃はここ数日不眠不休で吉日の選定や、吉方の算出などに追われていた。しかし、これほどの晴天を前にすれば、その苦労も報われたというものである。
「お疲れのようですね」
 上に向けていた視線を普段の位置に戻すと、男が口から紫煙を吐き出しながら、こちらへ向かって近づいてきた。
「ここより先は禁煙なんで……」信乃はわずかに手をあげ彼の歩みを制した。「他の場所へ行きましょう。それと……、僕にも一本いただけます?」
 どうぞ、と言って彼の差し出した紙巻煙草を一本頂戴し、信乃は火を点けた。この国で煙草と言えばキセルで呑むもの。数ヶ月ぶりの紙巻煙草に、一口目こそむせはしたが、二口目からはにゃんにゃんでの煙草の味を思い出す。
「予想以上に盛大で、少々驚きですよ」口から煙草をはずして男は言った。
「まあ、そうそうお目にかかれるものではないですからね。そんな時に来られた貴方はとても運が良い」
 男はこの国の民ではない。名をボロマール。たけきのこ藩国民らしく、信乃とは、昨晩みたらし団子茶房「巫」で知り合っただけの間柄であったが、互いに愛煙家であることもあって、すぐに気の合う仲となった。本日の主役、七比良鸚哥とみぽりんとは旧知の仲のようで、今日の祭りの話をしたら、ぜひ見たい、とのことで、今日もこの国に滞在している。
「これからが本番ですから、どうぞ我が藩国の文化をお楽しみください」
「ええ、そうさせてもらいますよ」
 二人はしばらく煙草を吸いながら雑談を交わした。
「あぁ、そうだ。祝辞はお書きになられましたか?」何かを思い出したように信乃が言った。
「祝辞、ですか?」
「ええ。もし差し支えがなければ、ぜひ。多い方が良いですから」
 ボロマールは腕を組んでしばらく考えた挙句、
「そうですねぇ……、せっかくですから、何か書かせてもらいますよ」
 と返事を返す。
「ありがとうございます。あちらの社務所のほうに祝辞用の紙と筆が用意してありますので、よろしくお願いします」
 信乃は煙草を消して吸殻を袖の下へと入れ、太陽を見た。南の空、最も高いところへとさしかかろうとしていた。
「さて、と。僕はこれから仕事がありますのでこれにて失礼を。婚礼の儀が終われば僕の役目もなくなりますので、その後でよければご案内しますが、どうでしょう?」
「そうですね、では、お願いさせていただきます」
「では、後ほどここで」
 一礼した信乃は、くるりと身を翻して、本殿へ向け足を進めた。

「遅刻、ですか……」
 控えの間にやってきた七比良鸚哥は、昨晩の危惧した通りの結果にうな垂れて、大きなため息をこぼした。
「いえ、一度はおいでになられたのですが……、まだ時間があるならちょっと出店で遊んでくる、と言われまして……」
 摂政の様子に手伝いの巫女たちも何とかしてみぽりん不在を取り繕おうとするが、同行していた巫女とはぐれてしまったらしく、現在神社の巫女総動員で捜索中だと言う。
迂闊だったなぁ……。
 屋敷を出た瞬間、ほんの少しだけ頭をよぎったのだ、彼女を迎えに行くべきではないか、と。だが彼女を信じて迎えに行くことはやめた。今日が大事な日であることくらい承知しているだろうし、きちんとできるだろう、と考えたのだ。
 額に手を当て天を仰ぐ鸚哥だが、彼が後悔すると言うのもおかしな話である。昨夜さんざんに今日という日がどれほど大事なことであるかを言い聞かせ、それでなおみぽりんは行方をくらませているのだから、言わんや誰が彼を責めようか。ただ不幸な事は鸚哥が他人より責任感を多めに持っていただけのことである。
「ああ〜、やっと摂政さまが来たあ。おはようございますです〜」新婦の失踪に慌てふためく控え室に、能天気な声がこだました。「摂政さま遅いですよ〜。そうそう、これお土産です」
 屈託のない笑顔で、みぽりんはりんご飴を差し出した。
「あ、ありがとう。みぽりん、早く着替えて準備してくださいね?」
「は〜い!」
 保育園児のように元気の良い返事。空を飛んでいるのではないかと思わせるようなふわふわした足どりで、更衣室へと向かっていく。
 鸚哥はつるりと光るりんご飴を口に入れ、バリバリと噛み砕いた。

後半へ続く

<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.0)@kkgw119n021.catv.ppp.infoweb.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「婚姻の儀式」後半  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/5(木) 20:53  -------------------------------------------------------------------------
    笙の音が境内の隅々に広がっていく。続いて篳篥が、胡弓が、そして鼓が、重なるように音を出し、今日のよき日に花を添える。奏楽がひとつにまとまったときには、観客達の私語はほとんど消えうせていた。
 鳥居の下を潜って衣冠姿の鸚哥が入場し、境内中央に設えられた今日だけの特別な祭壇を目指して、ゆっくりと進んでくる。時おり聞こえる小さな黄色い歓声にも、今日ばかりは笑顔で答えるわけにも行かず、心の中で申し訳ないと、彼は頭を下げた。
 次いで鳥居の下に姿を現したのはみぽりんであった。ほぼ同時に巻き起こる、野郎達の野太い大歓声。それも仕方のない事かもしれない。彼女を知る人物は後にこう語る、別人が代役をしていると思った、と。十二単に化粧をほどこしたみぽりんは、姫巫女様にさえ並ぶほどの美人へと変貌を遂げていた。
 儀式通りなのか、着物が重いのか、亀には勝てる程度の速度で祭壇へとその身を進める。
 二人が祭壇の中央に並ぶと、奏楽が止まり宮司が本殿より現れる。祭壇の上で、鸚哥、みぽりんの前に立つと、祭壇の脇に控えていた巫女が声高らかに式の始まりを宣言した。

 後は任せても大丈夫だろう……。
 境内の一角にて、信乃は固くなった体を一度大きく伸ばして、輿に乗って退出していく鸚哥とみぽりんを見送った。褌一丁の男達が威勢の良い掛け声を張り上げながら輿を担ぎ、観客達は拍手喝采で彼らを見送る。
式は滞りなく進み、後は酒や食事、演舞や雅楽の余興を残すのみ。これらの一切は神主達の仕事であり、信乃の仕事は今日できることはもう何もなく、明日以降に本日の記録を書類にまとめて提出するのみである。
「しかし、貴女もご苦労なことでしょうね」
 信乃は本殿の方を拝みながら、小さく笑った。
宝厳須磨神社に祀られているのは、蜑乙女と言い、弁財天にして天照大神の同一存在。想い人との仲を引き裂かれたことにより祀られているのだが、神社に祀っただけではその怨霊を静める事はできず度々災厄を振りまいてきた。こうして六十年に一度、想い人である。朱砂の王と婚姻の儀式を結ぶという祭が行われるようになった。織姫と彦星は一年に一度しか会えなくて可哀相などというが、何のこちらは一環に一度である。
 朱砂の王と蜑乙女の役は厳正なる占術の結果で決まり、今回は朱砂の王に七比良鸚哥、蜑乙女にみぽりん、と決まった。毎年やっていれば、良い結婚ができるだの、幸せになれるだの、と何らかの言い伝えでもできそうなものだが、さすがに六十年に一度ともなると、面倒ごとを押し付けられた感の方が強いようで、みぽりんは最後の最後まで抵抗を重ね作業を難航させてくれた。

「僕達はいつ会えるのかな」
 大太刀の柄を撫でながら、語るように信乃は呟いた。
「やあ、信乃さん。せっかくのお祭に何をそんなしんみりとなさっているのです!」
 ふと声の方見ると、ボロマールが爽快な声をかけてきた、……褌一丁で。
「ボッ、ボロマールさん? その格好は一体?」
「ああ、これですか。こいつぁ漢のせぃ……、いや、げふんげふん、楽しそうだったのでつい仲間に入れてもらったのですよ、ははは!」
 豪快かつ上機嫌に語るボロマールだが、周囲の視線は意外と冷たい。普通、神輿を担いでいないときの担ぎ手は法被を着るものであるが、彼は他藩国の人間であるためそれを知らないのかもしれない。
「あの、何か羽織るものをお持ちしましょうか?」
「いやいやぁ、そんな手間をおかけするには及びません。このままで十分ですよ〜! そんなことより、鸚哥さんとみぽりんさんをひやかしに行こうじゃありませんか!」
 そっちは十分でも一緒にいるこっちが恥ずかしいのだが……。いや、今日くらいいいじゃないか、と信乃は思い直し軽く頭を振る。今日は祭なのだから。

「では、行きましょうか。のんびりと向かえば、お二方ともが着替え終わる頃に着けるでしょうからね」

<了>

<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.0)@kkgw119n021.catv.ppp.infoweb.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「婚姻の儀式」  ■名前 : 柊 久音  ■日付 : 07/4/10(火) 22:00  -------------------------------------------------------------------------
   面白そうだったのでちょいと相乗り。前夜の茶房のシーンの前後と補足です

> それは前日の事である。
話は少しさかのぼり、前夜のこと。

町の一角にあるみたらし団子茶房「巫」。普段であれば消えているはずの店の明かりがまだついたままとなっている。普段とは異なる様子の店の中には二人の男と二人の女。1組の男女が机にさまざまな用紙を広げて話をしている。それを見守っている和風メイド服に身を包んだ……あ、男1人除いて同じ格好だ。メイド服を着たもう一人の女性は店の片隅で男女の様子を伺っている。時々二人から注文を受けるとすぐに厨房に向かい、お茶や団子などを運んでくる。そして残りの1人は……壁を背もたれにして、椅子に腰掛けたまま目を閉じている。もっと分かりやすく言えば、寝ているだけである。
 店の店主である柊 久音は二人の客人−−七比良鸚哥とみぽりんが店に来たとき、最後まで残っていた店員に「後はやっておきますので、帰ってもいいですよ」と伝えた。しかし店員はそれを断り、最後までいると言ったのである。それを聞いた久音は「じゃぁ、任せますね」といったきり店の隅で居眠りを始めた。残っているならせめて起きていてくれても良いじゃないかと思うものの、口にはせずに店員は最後の客人のために職務をこなしている、というわけである。

(中略:摂政とみぽりんの会話)


「やっと終わった……店主、店を閉めますね……」
眠い目をこすりつつ、のれんを仕舞おうとする店員を横目に、柊 久音は苦笑いしながら一言。
「せやから、あの時点で帰って良いと言ったんやけどねぇ……」
外に出て呆然としている店員の目には、夜明けを告げる朝日が写っていた。
「おはようござい……あれ、どうしたの?」
そして、他の店員が店に来たことを知ると彼女はそのまま倒れ込むように寝てしまった。
「あぁ……ね。しゃーないから彼女は今日休み、やね。あ、今日はうちも休むんで、後は頼んどくわ」
そういいながら、寝てしまった店員を背負って店を出て行く店主だった。素である関西弁が出ている上、小さなあくびをしながら少し頼りなく歩いているところを見ると、寝ているふりをして色々心配はしていたのかもしれないようではある。その様子を見守りながら、店を開く支度を始めようとした店員は、店主の背中に一言声をかけた。
「店主の性格からありえないとは思いますけど、そのまま変なところに連れ込まないでくださいね」

あ、こけた


<補足>
 一応他藩国の基本的な料理知識は「普通の」バトルメードであれば教育を受けさせてますので、店員は名前を聞けば多少のイメージはできると思います。

<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; ja; rv:1.8.1.3) Gecko/20070309 Firefo...@p2167-ipbf13wakayama.wakayama.ocn.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「婚姻の儀式」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/12(木) 22:38  -------------------------------------------------------------------------
   補足、追記を受けて前編の方を修正してみました。
文章の調子を合わせるのにいくつか改変させてもらってます>柊さん 

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 それは今とは異なる はるか昔の物語
 朱砂の王(すさのおう)は蜑乙女(あまのおとめ)に恋をした
 二人は互いに惹かれあい、一つになろうとした
 ところが彼らが交われば、世界は災厄に見舞われた
 かくして彼らは引き離されることとなった
 一人は山に、一人は海に

******                            ******

「えー、本日はお日柄もよく二人を祝福しているかのようです。
結婚というものは……(長いので省略)……しかして褌こそ……え?ずれてる?」

ある藩国民の祝辞より

******                            ******

 その日は朝から国を挙げてのお祭だった。
 宝厳須磨神社にはたくさんの客が詰めより、神社周辺に軒を連ねた出店からは威勢のよい客引きの声が響き渡る。普段の祭よりも三倍は人で賑わっていた。
「きゃああ〜! りんごあめですう〜♪ 金魚救いですう〜♪」
 子供のように……、否、子供以上にはしゃぎまわる女官と、その後を追いかける巫女達。まるで園児と保母さんのようだ。
「みぽりんさまぁ、そろそろ戻ってお支度をなさらないと……」
「大丈夫、どうせ摂政さまは遅刻するんだから〜」
 摂政の遅刻とみぽりんの支度は別問題であり、けして大丈夫な事ではない。だがみぽりんは、焼きうどんはっけ〜ん、と大声を出しながら人ごみの中へ飛び込んでいった。
「ちょ、ちょっと、みぽりん様? お、お待ちくださいっ!」

 少し時をさかのぼった、前夜のこと。

 街の一角にあるみたらし団子茶房「巫」。いつもならとうに消えているはずの店の明かりがまだついたままとなっている。普段とは異なる様子の店内には二人の男と二人の女。一組の男女は机にさまざまな用紙を広げて話をしている。その様子を和風メイド服に身を包んだ――といっても、男一人を除けば皆同じ格好をしているが――もう一人の女性が、店の片隅で伺っている。時々二人から注文を受けるとすぐに厨房に向かい、お茶や団子などを運んでくる。そして残りの一人は……壁を背もたれにして、椅子に腰掛けたまま目を閉じている。もっと分かりやすく言えば、寝ているだけである。
 店の店主である柊 久音は二人の客人が店に来たとき、最後まで残っていた店員に「後はやっておきますので、帰ってもいいですよ」と伝えた。しかし店員はそれを断り、最後までいると言ったのである。それを聞いた久音は「じゃぁ、任せますね」と言ったきり、店の隅で居眠りを始めた。残っているならせめて起きていてくれても良いじゃないかと思うものの、口にはせずに店員は最後の客人のために職務をこなしている、というわけである。

「摂政さま〜。みぽりん、これ着てみたいです〜」
 彼女は洋書を取り出して一枚の写真を指さした。そこに写っているのは、一枚つなぎの着物を纏い、胸の前に両手で花束を抱えた女性。頭に冠のようなものを被り、そこから半透明の布が垂れ下がっている。当然のことながらこの国では見ることもない衣装だ。
「たしかにみぽりんにはその色のほうが似合うとは思うけどね……。ただこれは決まりごとだから、この中の衣装で我慢してくれないかな」苦笑いを浮かべながら、彼は古い和漢書の絵を何点か指し示した。「一応この国での、大事な儀式だかね」
「むぅ……、こっちがいいですう」
「そんな顔しないで。これは神様への奉納なんだから」
 いよいよ彼は困った顔をして彼女をなだめるが、今度ざっはとるてを作るから、等と必死の交渉の末にようやく納得をさせたようだ。ざっはとるて、研修の時に教わったものの作ったことはない店員だが、よほど美味しいお菓子なのだろう。彼女の顔が一瞬にして満面の笑みに変わったことがそれを表している。
 そこから二人の会話は一変した。彼の長く微に細を入った丁寧な説明に対し、鼻歌交じりの二つ返事。というよりは、右の耳から左の耳へ抜けているのでは、と思わせるような笑顔で、彼は何度も念を押すように、一つの事に、二度三度と同じ説明を繰り返した。
「さて、と……」ようやく彼が重い腰をあげた。「打ち合わせはこのくらいにして、そろそろ帰るとしようかね。みぽりん、もう一度言っておくけど、明日は、か・な・ら・ず、遅刻しないように気をつけるんだよ?」
「はいは〜い。もちろんですよ〜。ざあっはとるて〜♪ ざっはとるて〜♪」
 本当に大丈夫だろうか、と心配する彼を置き去りにして、彼女は陽気な歌声を上げ、軽やかな足取りで店から出て行った。代金を机の上に置き、「遅くまで申し訳ありませんでした」と謝った彼は、急ぎ足で彼女の後を追いかけていく。

「やっと終わった……店主、店を閉めますね……」
眠い目をこすりつつ、のれんを仕舞おうとする店員を横目に、柊 久音は苦笑いしながら一言。
「せやから、あの時点で帰って良いと言ったんやけどねぇ……」
外に出て呆然としている店員の目には、夜明けを告げる朝日が写っていた。
「おはようござい……あれ、どうしたの?」
そして、他の店員が店に来たことを知ると彼女はそのまま倒れ込むように寝てしまった。
「あぁ……ね。しゃーないから彼女は今日休み、やね。あ、今日はうちも休むんで、後は頼んどくわ」
 そういいながら、寝てしまった店員を背負って店を出て行く店主だった。素である関西弁が出ている上、小さなあくびをしながら少し頼りなく歩いているところを見ると、寝ているふりをして色々心配はしていたのかもしれないようではある。その様子を見守りながら、店を開く支度を始めようとした店員は、店主の背中に一言声をかけた。
「店主の性格からありえないとは思いますけど、そのまま変なところに連れ込まないでくださいね」
 柊久音はこけた。それが店員への返答であるかのように……。

 海のように真っ青な空。雲ひとつない快晴。鳥居にもたれかかって信乃は空を眺めていた。この日のために、陰陽師、有馬信乃はここ数日不眠不休で吉日の選定や、吉方の算出などに追われていた。しかし、これほどの晴天を前にすれば、その苦労も報われたというものである。
「お疲れのようですね」
 上に向けていた視線を普段の位置に戻すと、男が口から紫煙を吐き出しながら、こちらへ向かって近づいてきた。
「ここより先は禁煙なんで……」信乃はわずかに手をあげ彼の歩みを制した。「他の場所へ行きましょう。それと……、僕にも一本いただけます?」
 どうぞ、と言って彼の差し出した紙巻煙草を一本頂戴し、信乃は火を点けた。この国で煙草と言えばキセルで呑むもの。数ヶ月ぶりの紙巻煙草に、一口目こそむせはしたが、二口目からはにゃんにゃんでの煙草の味を思い出す。
「予想以上に盛大で、少々驚きですよ」口から煙草をはずして男は言った。
「まあ、そうそうお目にかかれるものではないですからね。そんな時に来られた貴方はとても運が良い」
 男はこの国の民ではない。名をボロマール。たけきのこ藩国民らしく、信乃とは、昨晩みたらし団子茶房「巫」で知り合っただけの間柄であったが、互いに愛煙家であることもあって、すぐに気の合う仲となった。本日の主役、七比良鸚哥とみぽりんとは旧知の仲のようで、今日の祭りの話をしたら、ぜひ見たい、とのことで、今日もこの国に滞在している。
「これからが本番ですから、どうぞ我が藩国の文化をお楽しみください」
「ええ、そうさせてもらいますよ」
 二人はしばらく煙草を吸いながら雑談を交わした。
「あぁ、そうだ。祝辞はお書きになられましたか?」何かを思い出したように信乃が言った。
「祝辞、ですか?」
「ええ。もし差し支えがなければ、ぜひ。多い方が良いですから」
 ボロマールは腕を組んでしばらく考えた挙句、
「そうですねぇ……、せっかくですから、何か書かせてもらいますよ」
 と返事を返す。
「ありがとうございます。あちらの社務所のほうに祝辞用の紙と筆が用意してありますので、よろしくお願いします」
 信乃は煙草を消して吸殻を袖の下へと入れ、太陽を見た。南の空、最も高いところへとさしかかろうとしていた。
「さて、と。僕はこれから仕事がありますのでこれにて失礼を。婚礼の儀が終われば僕の役目もなくなりますので、その後でよければご案内しますが、どうでしょう?」
「そうですね、では、お願いさせていただきます」
「では、後ほどここで」
 一礼した信乃は、くるりと身を翻して、本殿へ向け足を進めた。

「遅刻、ですか……」
 控えの間にやってきた七比良鸚哥は、昨晩の危惧した通りの結果にうな垂れて、大きなため息をこぼした。
「いえ、一度はおいでになられたのですが……、まだ時間があるならちょっと出店で遊んでくる、と言われまして……」
 摂政の様子に手伝いの巫女たちも何とかしてみぽりん不在を取り繕おうとするが、同行していた巫女とはぐれてしまったらしく、現在神社の巫女総動員で捜索中だと言う。
迂闊だったなぁ……。
 屋敷を出た瞬間、ほんの少しだけ頭をよぎったのだ、彼女を迎えに行くべきではないか、と。だが彼女を信じて迎えに行くことはやめた。今日が大事な日であることくらい承知しているだろうし、きちんとできるだろう、と考えたのだ。
 額に手を当て天を仰ぐ鸚哥だが、彼が後悔すると言うのもおかしな話である。昨夜さんざんに今日という日がどれほど大事なことであるかを言い聞かせ、それでなおみぽりんは行方をくらませているのだから、言わんや誰が彼を責めようか。ただ不幸な事は鸚哥が他人より責任感を多めに持っていただけのことである。
「ああ〜、やっと摂政さまが来たあ。おはようございますです〜」新婦の失踪に慌てふためく控え室に、能天気な声がこだました。「摂政さま遅いですよ〜。そうそう、これお土産です」
 屈託のない笑顔で、みぽりんはりんご飴を差し出した。
「あ、ありがとう。みぽりん、早く着替えて準備してくださいね?」
「は〜い!」
 保育園児のように元気の良い返事。空を飛んでいるのではないかと思わせるようなふわふわした足どりで、更衣室へと向かっていく。
 鸚哥はつるりと光るりんご飴を口に入れ、バリバリと噛み砕いた。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「摂政のお仕事」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/12(木) 22:43  -------------------------------------------------------------------------
   摂政さまメインのお話です。
みなさま、校正よろしくお願いします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

神武倭(かむやまと)は旅へ出た 二千の子を連れ東へ向かった
高御坐(たかみくら)の地に辿り着いた時、そこで彼は出会った、一人の少女に
獣に襲われていた彼女を助け、神武倭は彼女に問うた
一人で出歩いては危ない 私と共に来ないか、と
すると少女は首を振って答えた
いいえ、共にくるのは貴方です
私は玉巳前(たまのみさき)貴方を導くためにやってきたもの

******                            ******

知っているはずの場所にいたのにいつの間にか知らない場所にいること
だって他人事だと思うと見ていて面白いもの

ある藩王の趣味より

******                            ******

 摂政の執務室、文机の上には幾重にもなる書類の山。山はけして比喩ではない。文机の前に座れば対面に座った者の顔は見えなくなるほど詰まれている。
 神聖巫連盟の摂政は怠け者ではない。誰よりも働くし、どんなことだって引き受ける。
 つまりは、ただお人好しなだけなのだ。
「さて、急いでやらないと今日は徹夜になってしまうな」
 そう呟いて気合いを入れるように頬を二度三度とはたく。カカオの香りが、鼻の奥をほんのりとくすぐった。
「摂政さまぁ、大変ですっ!」
 鸚哥が一枚目の書類に手を伸ばそうとした矢先、執務室の扉が勢いよく開かれた。そこには顔を真っ青にした姫巫女付きのメイドが両手をわたわたと振って立っていた。
「どうかしたのですか?」
「姫巫女さまがっ、ゆっ、ゆ、行方不明です!!」
「また、ですか……」
 そう、またである。姫巫女という立場にありながら、藻女はたまに一人で街へと遊びに出る。本人はお面を被っているのでばれていないと思っているようだが、ほとんどの者がそれを知っている。街中で狐面、それはあまりにも目立ちすぎる格好だ。
「それが……、いつもとは状況が違うのです」メイドは息も継がず捲し立てる。「お面は姫さまの部屋に残されたままで、街の方でも心当たりは全て探したのですが、誰もお見かけしてないとのことなんです」
「まさか! それは、本当なんですね?」
「はい、今もメイド達が街中を捜索しておりますが、誰もお姿を見ておられないようで」
 ほんのわずか、鸚哥の頭に不吉なことがよぎる。
 最近アラダの動きが活発になっているが、こんな小国にかまうはずがない、と考えていたのは甘かったかもしれない。いや、アラダだけではない。戦争のせいによって難民が増え、その一部が盗賊に身をやつしていることだってある。一人で出歩く藻女を誘拐することは簡単なことだ。
「すぐに人を集めてください。捜索隊を結成します」
 鸚哥は苦々しい顔をしながらメイドに言いつけた。ところが、である。
「それが、誰も手のあいている方がおられないのです……」
 申し訳無さそうに話すメイド。
 彼女が言うには、柊久音は週が開けるまで外遊、さちひこは青森救出作戦に出征中、雹は奉行所建築資材調達のため出張中、あすふぃこは国境警備にて長期不在、みぽりんは体調不良で休養中、有馬信乃は蜑乙女の大祭のため宝厳須磨神社に蘢り中。巫連盟の主立った面々は皆出払っていた。
「わかりました……仕方ない、私が行きます。すぐにメイドに招集を」

 空は国旗のように赤く染まっていた。普段何気なく奇麗だと思う夕暮れの景色も、今日のような日には血が連想されてしまう。鸚哥はごくりと唾を飲み込んだ。
 街はもちろんのこと、廃墟にも、洞窟にも、森にさえも藻女の姿は見られなかった。あと残っているのは北方に広がる山地の捜索だけである。鸚哥率いる捜索隊は武官の大多数を動員しているものの、それでも広大な山地を隅から隅まで探すとなると一日二日では終わらない。鸚哥は捜索隊を何班かに分け、捜索を開始するよう指示を出した。
 鸚哥自身も松明を掲げて先頭に立ち、鬱蒼と茂る木々によってほとんど光の届かない山の奥へ、数人のメイドを率いて進んでいった。山中の道は整備がされておらず、ほとんどが獣道になっている。松明を持っている鸚哥でさえ何度か躓きそうになったほど道は荒れている。
 おや……?
 どれほど奥まで進んだことだろうか、そこで鸚哥は奇妙な感覚に襲われた。ついさっきまで足下をしっかりと見て歩かないといけないような獣道だったのが、いつの間にか歩きやすくなっていることに気が付いた。見た目は確かに獣道なのだが、足下にあるはずの大きな石や朽ちた木の枝などはほとんど排除されてあるようで、まるで人が通りやすいように邪魔なものが排除されているかのごとくである。少なくとも自然にできた獣の通り道というわけでは無さそうだ。それを鸚哥は不審に思い、足下の整えられている道を選びながら先へ進んだ。
 しばらく進むと、きゃー、という女の悲鳴が鸚哥の耳に入った。どこかで聞いたことのあるような声、もしやと思い鸚哥は走り出す。その後についていたメイドも鸚哥を追って駆け出した。

「へっへっへ、別にとって食おうってわけじゃねぇんだからよ。大人しくしてくんないかね、嬢ちゃん」
「い、いやです。離してください!」
 鸚哥が十メートルほど走ると視界は開け、そこにはぼろぼろになった寺のような廃墟があり、境内に数人の人影が目に入った。顔までははっきりとは見えないが、数人の男と一人だけ巫女装束の女がいるようだ。
「お前達、何をしている!」
 鸚哥が叫ぶと、境内にいた彼らの影が一斉にこちらへと向けられた。
「なんだぁ、てめえらは。邪魔すんじゃねえよ」
「たくさんの巫女さん連れてんなぁ。うちらのアジトでも掃除してくれるってか」
 おそらく山賊かなにかであろう、男達が鸚哥に向かって好き放題に言って腹を抱えて笑っていた。
 無性に殴ってやりたい気分に駆られた鸚哥であったが、彼は右手を上げて、男達に向けて手の平を振った。爆竹を鳴らしたような乾いた音が、静かな山にこだまする。男達の動きが急にぴたりと止まる。
「お前達こそ大人しくしていろ。次は威嚇じゃ済まさんぞ」
 苛立ちを含んだ、けれど冷静な声を男達に向かって投げた。
 鸚哥の後に付いていたメイド達が、箒型銃を構えたまま男達に近づいていく。男達を縛るようにメイドに命じて、鸚哥は巫女装束の女へと近寄った。
「摂政様っ!」
 恐怖から介抱された巫女装束の女は、鸚哥の顔が見えるや否や、駆け寄って鸚哥の足下にひれ伏した。彼女は最初に藻女の行方不明を鸚哥のもとへ告げにきた女だった。
「貴女はたしか……、どうしてこんな所へ? 街の方を捜索していたのではなかったのですか?」
「摂政さまにご報告がありまして山まで追いかけてきたのです」
「そうでしたか。だが、こんな山の中へ一人で来るのは危険だ。注意してください」鸚哥は優しく微笑んで言った。「それで、報告というのは?」
「はい。じつは、先ほど姫巫女様が寮の方へお戻りになられました」
「なんと、見つかったのですか。それはよかった。それで、ご無事なんですか?」
「ええ、ご無事でした。温泉に行っておられてようでして……。これを摂政様にお届けするようにと預かって参りました」
 彼女は懐から一通の手紙を取り出して鸚哥に渡した。
 鸚哥は松明を渡してから手紙を開き目を通す。

 摂政へ
今日新しい温泉を見つけました。地図は下を参照。
急で申し訳ないけど、皆で遊びに行きたいから整備しておいてください。

 それはとても短く、そして判りやすい文章だった。
 こうして今日も鸚哥の眠れぬ夜が始まる……。

<了>

<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/419 (KHTML, like G...@kkgw119n021.catv.ppp.infoweb.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「摂政のお仕事」修正1  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/13(金) 1:59  -------------------------------------------------------------------------
   摂政さまからの修正反映分です。

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神武倭(かむやまと)は旅へ出た 二千の子を連れ東へ向かった
高御坐(たかみくら)の地に辿り着いた時、そこで彼は出会った、一人の少女に
獣に襲われていた彼女を助け、神武倭は彼女に問うた
一人で出歩いては危ない 私と共に来ないか、と
すると少女は首を振って答えた
いいえ、共にくるのは貴方です
私は玉巳前(たまのみさき)貴方を導くためにやってきたもの

******                            ******

知っているはずの場所にいたのにいつの間にか知らない場所にいること
だって他人事だと思うと見ていて面白いもの

ある藩王の趣味より

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 摂政の執務室、文机の上には幾重にもなる書類の山。山はけして比喩ではない。文机の前に座れば対面に座った者の顔は見えなくなるほど詰まれている。
 神聖巫連盟の摂政は怠け者ではない。誰よりも働くし、どんなことだって引き受ける。
 つまりは、ただお人好しなだけなのだ。
「さて、急いでやらないと今日は徹夜になってしまうな」
 そう呟いて気合いを入れるように頬を二度三度とはたく。カカオの香りが、鼻の奥をほんのりとくすぐった。
「摂政さまぁ、大変ですっ!」
 鸚哥が一枚目の書類に手を伸ばそうとした矢先、執務室の扉が勢いよく開かれた。そこには顔を真っ青にした姫巫女付きのメイドが両手をわたわたと振って立っていた。
「どうかしたのですか?」
「姫巫女さまがっ、ゆっ、ゆ、行方不明です!!」
「また、ですか……」
 そう、またである。姫巫女という立場にありながら、藻女はたまに一人で街へと遊びに出る。本人はお面を被っているのでばれていないと思っているようだが、ほとんどの者がそれを知っている。街中で狐面、それはあまりにも目立ちすぎる格好だ。
「それが……、いつもとは状況が違うのです」メイドは息も継がず捲し立てる。「お面は姫さまの部屋に残されたままで、街の方でも心当たりは全て探したのですが、誰もお見かけしてないとのことなんです」
「まさか! それは、本当なんですね?」
「はい、今もメイド達が街中を捜索しておりますが、誰もお姿を見ておられないようで」
 ほんのわずか、鸚哥の頭に不吉なことがよぎる。
 最近アラダの動きが活発になっているが、こんな小国にかまうはずがない、と考えていたのは甘かったかもしれない。いや、アラダだけではない。戦争のせいによって難民が増え、その一部が盗賊に身をやつしていることだってある。一人で出歩く藻女を誘拐することは簡単なことだ。
「すぐに人を集めてください。捜索隊を結成します」
 鸚哥は苦々しい顔をしながらメイドに言いつけた。ところが、である。
「それが、誰も手のあいている方がおられないのです……」
 申し訳無さそうに話すメイド。
 彼女が言うには、柊久音は週が開けるまで外遊、さちひこは青森救出作戦に出征中、雹は奉行所建築資材調達のため出張中、あすふぃこは国境警備にて長期不在、みぽりんは体調不良で休養中、有馬信乃は蜑乙女の大祭のため宝厳須磨神社に蘢り中。巫連盟の主立った面々は皆出払っていた。
「わかりました……仕方ない、私が行きます。すぐにメイドに招集を」

 空は国旗のように赤く染まっていた。普段何気なく奇麗だと思う夕暮れの景色も、今日のような日には血が連想されてしまう。鸚哥はごくりと唾を飲み込んだ。
 街はもちろんのこと、廃墟にも、洞窟にも、森にさえも藻女の姿は見られなかった。あと残っているのは北方に広がる山地の捜索だけである。鸚哥率いる捜索隊は武官の大多数を動員しているものの、それでも広大な山地を隅から隅まで探すとなると一日二日では終わらない。鸚哥は捜索隊を何班かに分け、捜索を開始するよう指示を出した。
 鸚哥自身も松明を掲げて先頭に立ち、鬱蒼と茂る木々によってほとんど光の届かない山の奥へ、数人のメイドを率いて進んでいった。山中の道は整備がされておらず、ほとんどが獣道になっている。松明を持っている鸚哥でさえ何度か躓きそうになったほど道は荒れている。
 おや……?
 どれほど奥まで進んだことだろうか、そこで鸚哥は奇妙な感覚に襲われた。ついさっきまで足下をしっかりと見て歩かないといけないような獣道だったのが、いつの間にか歩きやすくなっていることに気が付いた。見た目は確かに獣道なのだが、足下にあるはずの大きな石や朽ちた木の枝などはほとんど排除されてあるようで、まるで人が通りやすいように邪魔なものが排除されているかのごとくである。少なくとも自然にできた獣の通り道というわけでは無さそうだ。それを鸚哥は不審に思い、足下の整えられている道を選びながら先へ進んだ。
 しばらく進むと、きゃー、という女の悲鳴が鸚哥の耳に入った。どこかで聞いたことのあるような声、もしやと思い鸚哥は走り出す。その後についていたメイドも鸚哥を追って駆け出した。

「へっへっへ、別にとって食おうってわけじゃねぇんだからよ。大人しくしてくんないかね、嬢ちゃん」
「い、いやです。離してください!」
 鸚哥が十メートルほど走ると視界は開け、そこにはぼろぼろになった寺のような廃墟があり、境内に数人の人影が目に入った。顔までははっきりとは見えないが、数人の男と一人だけ巫女装束の女がいるようだ。
「お前達、何をしている!」
 鸚哥が叫ぶと、境内にいた彼らの影が一斉にこちらへと向けられた。
「なんだぁ、てめえらは。邪魔すんじゃねえよ」
「たくさんの巫女さん連れてんなぁ。うちらのアジトでも掃除してくれるってか」
 おそらく山賊かなにかであろう、男達が鸚哥に向かって好き放題に言って腹を抱えて笑っていた。
 無性に殴ってやりたい気分に駆られた鸚哥であったが、一つ大きく息を吸って呼吸を整え、後に控えていたメイドの一人から箒を取り上げ柄の先を男達に向ける。次の瞬間、爆竹を鳴らしたような乾いた音が静かな山にこだました。男達の動きが急にぴたりと止まる。
「お前達こそ大人しくしていろ。次は威嚇じゃ済まさんぞ」
 苛立ちを含んだ、けれど冷静な声を男達に向かって投げた。
 鸚哥の後に付いていたメイド達が、箒型銃を構えたまま男達に近づいていく。男達を縛るようにメイドに命じて、鸚哥は巫女装束の女へと近寄った。
「摂政様っ!」
 恐怖から介抱された巫女装束の女は、鸚哥の顔が見えるや否や、駆け寄って鸚哥の足下にひれ伏した。彼女は最初に藻女の行方不明を鸚哥のもとへ告げにきた女だった。
「貴女はたしか……、どうしてこんな所へ? 街の方を捜索していたのではなかったのですか?」
「摂政さまにご報告がありまして山まで追いかけてきたのです」
「そうでしたか。だが、こんな山の中へ一人で来るのは危険だ。注意してください」鸚哥は優しく微笑んで言った。「それで、報告というのは?」
「はい。じつは、先ほど姫巫女様が寮の方へお戻りになられました」
「なんと、見つかったのですか。それはよかった。それで、ご無事なんですか?」
「ええ、ご無事でした。温泉に行っておられてようでして……。これを摂政様にお届けするようにと預かって参りました」
 彼女は懐から一通の手紙を取り出して鸚哥に渡した。
 鸚哥は松明を渡してから手紙を開き目を通す。

 摂政へ
今日新しい温泉を見つけました。地図は下を参照。
急で申し訳ないけど、皆で遊びに行きたいから整備しておいてください。

 それはとても短く、そして判りやすい文章だった。
 こうして今日も鸚哥の眠れぬ夜が始まる……。

<了>

<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/419 (KHTML, like G...@kkgw119n021.catv.ppp.infoweb.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「春眠暁を覚えず」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/14(土) 15:24  -------------------------------------------------------------------------
   柊さんをメインに一応全員出演させてみました。
皆様方も設定とか用語とかで何かございましたら、校正よろしくお願いいたします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

岩築耶(いわつきや)は狩りにでた
山を越え、森を抜け、河を渡って獲物を求めた
広い平野に辿り着き、一匹の狐に弓を射た
狐は倒れ、岩築耶は食を得た

******                                ******

 まあ儲けはあらへんけどしゃあないな。必要としてくれる人がおるんやし。
 俺一人でひいこら言うて済むんやったらやっすいもんやろ。

ある喫茶店店主の独り言より
******                                ******

 春の陽射しがぽかぽかと体を温めてくれる。
 みたらし団子茶房(巫)。政庁近くに立てられた団子屋は、普段なら官吏、役人、メイド達で大いに賑わっているのだが、今日の人の入は全く無い。
 今日は全国公休日、皆家でのんびりと暮らしているか、どこかの行楽地へ足を伸ばしているか、どちらにせよこんな日は政庁近くの店には閑古鳥が鳴くのである。
 そんな状況はもちろん、店主柊久音の予想の範囲内である。いつもは数人のメイド達が働いているが、今日はどうせ暇だろうと彼女達にも休暇を与え、久音一人で店を開けていた。もう昼過ぎだというのに訪れた客は二、三人。それも常連さんの、ちょっと出かけてくる、と言った報告がてらの来客だけだった。
「ほんま、暇やなぁ……」
 客用の机に突っ伏し、久音は陽気な空を見つめている。
 鳥が泳ぎ、雲が流れ、爽やかな風に桜が踊る。
 ただそれを眺めているだけの久音の瞼が、ゆっくりと重みを増していった……。

「よっこらせっとぉ……!」
 清々しい朝日を浴びながら、開店に向けてシャッターをあげる。非力なうちにはちょっとつらい毎朝の恒例行事。将来的なことも考えたら、ええかげん電動にしたいと思うが、……予算がねぇ。当分はこのままってか。
「さぁて、今日も一日頑張ろぉ〜」
 珈琲喫茶「カンナギ」。官庁のオフィス街まっただ中のこの店は開店時間が朝七時。朝飯を食いっぱぐれた若手さんや、会議前の打ち合わせに使てくれる中堅さん、そんな人らのためにうちはこの時間から店を開ける。早起きせなあかんのは辛いけど、おかげで重宝してくれるお得意さんがようけできて店として上々。差し引きプラスと考えてもええやろね。
「やあ、久音ちゃん。今日もいつもの頼むわ」
「いらっしゃーい。いつもおおきにね」
「今日も可愛いねぇ。久音ちゃんの笑顔を見ると仕事頑張ろうって気になるよ」
「またまたぁ、そんなお世辞言うても何もでえへんよ」
 開店とほぼ同時にお客さんが来てくれる。朝のラッシュは正直えらいもんやけど、繁盛してるんやし贅沢は言うたらあかんね。そして十分もすれば店内は満席になる、……とは言うてもそんな広い店でもないしな。カウンターの八席と二人掛けと四人掛けのテーブルがそれぞれ三席、三十席にも満たん小さなお店。狭いのによう来てくれはって、ほんま、ありがたや、ありがたや。
 朝のラッシュは長くても一時間ほどで終わりを迎える。官庁の就業開始は八時やから、それを境にゆっくりと下り坂になっていく。九時も間近になればかなり余裕もできて、そこからうちの朝食タイム。最初は抵抗もあったんやけど、カウンターの常連さんと一緒に食べる朝食は、こんな仕事のちょっとばかしの役得やろう。

「やぅ」
 ドアの開閉を告げるベルが鳴って、また一人いつもの常連さんがやって来た。さちひこさんだ。入国管理局の職員さんらしいけど、最近新しいビジネスのために独立を目指してるらしい。
「いらっしゃい、さちひこさん。いつものコーヒーでええの?」
 ちょっと離れた席に向かって問いかける。いつもはカウンターに座るさちひこさんやけど、何でか今日は二人掛けの席に腰を下ろした。
「うん、いつもので。あ、それと今日は客が来るから二杯でよろしくっ!」
「はいな〜」
 なるほど、人待ちってことかいな。さちひこさんの注文を受けてカップ二つにお湯を注いで温める。ミルで豆を粗挽きにして、その間にフィルタをドリッパにセット。あとは粉を入れてお湯を注ぐ。三十秒ほど蒸らしたら、久音ブレンドの出来上がり。挽きたて煎れたて、自慢やないけど、うちの腕はかなりのもんやと自負してる。そこらのチェーン店には負けられへんのよ。
 二つのカップにコーヒーを注ぎ終わったちょうどそのとき、いつものお客さんがまた一人やって来た。
「ああ、雹さんいらっしゃーい」
「雹さん、こっちこっち〜」
 うちとさちひこさんがほぼ同時に声をあげた。なんと、さちひこさんの待ち人は雹さんやったんか。これはまた変な取り合わせで。
「こんにちわ」
 雹さんはうちに挨拶をすると、さちひこさんの席へと向かった。うちもその後に付いて、コーヒーをトレイに乗せて二人の元へ運ぶ。
「珍しい取り合わせやね。入国管理局のリフォームでもすんの?」
 コーヒーを二人の前に置きながら、どちらに聞くでもなしに尋ねてみた。
「いえ、違いますよ。さちひこさんが新しく興す会社の事務所をね、うちで請け負わさせてもらっているんです」
 雹さんは店の近くに構える建築事務所に所属する、新進気鋭の建築家兼インテリアデザイナー。最近なんたらとか言う賞をとって業界では脚光を浴び始めているらしい。うちの店を改築する際は雹さんに全部お任せ――もちろん格安で――することは約束を取り付けてるけど、……いつになることやら。
「じゃーん、どうよこれ。俺の新しい城だよ!」
 うれしさのあまりか少し興奮気味のさちひこさんが、雹さんの持ってきた空間イメージ図を見せてくれた。うちの予想してたよりも広く、そしてお洒落な近代感あふれるオフィス。さすが雹さん、やるなぁ……。
「いや、まだイメージの段階だから、あんまりおおっぴらにされると恥ずかしいですよ」
 謙遜気味に答える雹さんだけど、なんたら賞が伊達じゃないのは、建築に疎いうちにもよくわかる。
「それでですね、そろそろ具体的に業者さんとかも加えた話を始めて行こうかと考えているんですけどね……」
「ふむふむ……」
 何やら一転、二人は真顔になってあれやこれやと事務所に関する打ち合わせを始めた。邪魔にならんようにそっと二人の席から離れ、さてと、カウンター越しに二人の様子をしばらく見守るとしましょかね。

 さちひこさんと雹さんは二時間ほどの打ち合わせをして、店を出ていった。おそらく気を利かせてくれたんやろう。これから地獄のランチタイム。そう、ほんまにこれからの一、二時間、うちにとっての地獄が始まる。
 カンナギは珈琲喫茶と銘打ってある通り、メニューの大半はコーヒーで占めているけど、一応軽食としてサンドイッチ、ナポリタン、ピラフを用意してる。だがしかし、何と血迷った人の多いことか、この三食のために昼時は行列ができてる、……らしい。いや、うちは見たことないんやけどね、そんな行列。なんせ一人で切り盛りしてるさかい、外の様子なんて気にする余裕もない。常連さんにちらっと利いたことがあるってだけのこと。
 それはそれで嬉しい悲鳴っちゅうやつですけどね、みなさん、官庁にかて食堂くらいありますでしょ? そっちいってくださいよっ! なんてほんまに叫んでみたくなることも稀にあったりする。数日に一度くらいでこの時間の記憶がなくなってたりして、まさに地獄の時間なんよ……。
はぁ……。
 
 …………。
 ……。

 ふと時計を見上げると、いつの間にかもう十四時五分前になっていた。あはははは〜、今日も何が出たんか忘れちまったよ〜。在庫チェックせんとなぁ……。
 せやけどその前に、一仕事せなあかん。
 やつが来る!
「こんちわぁ」
 ぼさぼさの髪とよれよれのシャツ、眠たそうな表情を浮かべ、左手の脇には白いノートパソコンを抱えている。噂をすれば影ってか、有馬信乃がやって来た。カウンター席一番奥の隅っこに座って、パソコンを開く。
「おはようさん、すぐ作ったるからね」
 毎日十四時丁度にやってくる男。格好のわりに意外と几帳面な奴なのかもしれない。
 コーヒー豆を入れた缶が並ぶその奥から、信乃専用と書かれた缶を取り出して開き、中の茶葉をスプーン三杯ティーポットに移してお湯を注ぐ。コーヒー専門店のうちにこんなものが置いてあるのは全て信乃さんが持ち込んできたのだ。やれやれ困ったあんちゃんやで。
「はい、おまち」
 うちが紅茶を出してやると、ぺこりと頭だけ下げて、モニタを凝視しながらカタカタカタカタとキーボードを叩いている。
「どない? 締め切りには間に合いそうなん?」
 ほんの少しキーボードの上で踊る手が止まり、
「たぶん、週末は編集さんとここで追い込み作業になると思います……」
 視線をこちらに向けて、呟くように言った。
「あはははは、そかそか。作家さんも大変やろけど、付き合わされる編集さんもおつかれさんやなぁ」
 うちは一度も読んだことはないが、信乃さんはミステリー作家をしているそうだ。ペンネームを使っているんで、本屋に行って「有馬信乃」を探しても見つからんのやけど、日中こんな所に出てきてもファンに囲まれへんということは、そんなに売れてもないんやろう。見た格好からもそんなに儲けがあるようにも見えへんし……。と推理してみる、名探偵久遠ちゃんであった、まる。

<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/419 (KHTML, like G...@kkgw119n021.catv.ppp.infoweb.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「春眠暁を覚えず」  ■名前 : 柊 久音  ■日付 : 07/4/21(土) 23:02  -------------------------------------------------------------------------
   ▼信乃さん:
>柊さんをメインに一応全員出演させてみました。
>皆様方も設定とか用語とかで何かございましたら、校正よろしくお願いいたします。
>
口調修正ですー

>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>
>岩築耶(いわつきや)は狩りにでた
>山を越え、森を抜け、河を渡って獲物を求めた
>広い平野に辿り着き、一匹の狐に弓を射た
>狐は倒れ、岩築耶は食を得た
>
>******                                ******
>
> まあ儲けはあらへんけどしゃあないな。必要としてくれる人がおるんやし。
> 俺一人でひいこら言うて済むんやったらやっすいもんやろ。
>
>ある喫茶店店主の独り言より
>******                                ******

茶房店主としてなら
 儲けはさほどないですが、この国に必要だと思っていますから。
 裏方でどたばたしているほうが私の性にあっていますので、ね

また、喫茶店のほうであれば、「俺」ではなくて「うち」です。

> うちは一度も読んだことはないが、信乃さんはミステリー作家をしているそうだ。ペンネームを使っているんで、本屋に行って「有馬信乃」を探しても見つからんのやけど、日中こんな所に出てきてもファンに囲まれへんということは、そんなに売れてもないんやろう。見た格好からもそんなに儲けがあるようにも見えへんし……。と推理してみる、名探偵久遠ちゃんであった、まる。

久遠ではなくて久音、です。
とりあえずはこの辺で。

<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; ja; rv:1.8.1.3) Gecko/20070309 Firefo...@p2182-ipbf205wakayama.wakayama.ocn.ne.jp>
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「春眠暁を覚えず」修正一校  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/23(月) 16:23  -------------------------------------------------------------------------
   岩築耶(いわつきや)は狩りにでた
山を越え、森を抜け、河を渡って獲物を求めた
広い平野に辿り着き、一匹の狐に弓を射た
狐は倒れ、岩築耶は食を得た

******                            ******

 まあ儲けはあらへんけどしゃあないな。必要としてくれる人がおるんやし。
 うち一人でひいこら言うて済むんやったらやっすいもんやろ。

ある喫茶店店主の独り言より
******                            ******

 春の陽射しがぽかぽかと体を温めてくれる。
 みたらし団子茶房(巫)。政庁近くに立てられた団子屋は、普段なら官吏、役人、メイド達で大いに賑わっているのだが、今日の人の入は全く無い。
 今日は全国公休日、皆家でのんびりと暮らしているか、どこかの行楽地へ足を伸ばしているか、どちらにせよこんな日は政庁近くの店には閑古鳥が鳴くのである。
 そんな状況はもちろん、店主柊久音の予想の範囲内である。いつもは数人のメイド達が働いているが、今日はどうせ暇だろうと彼女達にも休暇を与え、久音一人で店を開けていた。もう昼過ぎだというのに訪れた客は二、三人。それも常連さんの、ちょっと出かけてくる、と言った報告がてらの来客だけだった。
「ほんま、暇やなぁ……」
 客用の机に突っ伏し、久音は陽気な空を見つめている。
 鳥が泳ぎ、雲が流れ、爽やかな風に桜が踊る。
 ただそれを眺めているだけの久音の瞼が、ゆっくりと重みを増していった……。

「よっこらせっとぉ……!」
 清々しい朝日を浴びながら、開店に向けてシャッターをあげる。非力なうちにはちょっとつらい毎朝の恒例行事。将来的なことも考えたら、ええかげん電動にしたいと思うが、……予算がねぇ。当分はこのままってか。
「さぁて、今日も一日頑張ろぉ〜」
 珈琲喫茶「カンナギ」。官庁のオフィス街まっただ中のこの店は開店時間が朝七時。朝飯を食いっぱぐれた若手さんや、会議前の打ち合わせに使てくれる中堅さん、そんな人らのためにうちはこの時間から店を開ける。早起きせなあかんのは辛いけど、おかげで重宝してくれるお得意さんがようけできて店として上々。差し引きプラスと考えてもええやろね。
「やあ、久音ちゃん。今日もいつもの頼むわ」
「いらっしゃーい。いつもおおきにね」
「今日も可愛いねぇ。久音ちゃんの笑顔を見ると仕事頑張ろうって気になるよ」
「またまたぁ、そんなお世辞言うても何もでえへんよ」
 開店とほぼ同時にお客さんが来てくれる。朝のラッシュは正直えらいもんやけど、繁盛してるんやし贅沢は言うたらあかんね。そして十分もすれば店内は満席になる、……とは言うてもそんな広い店でもないしな。カウンターの八席と二人掛けと四人掛けのテーブルがそれぞれ三席、三十席にも満たん小さなお店。狭いのによう来てくれはって、ほんま、ありがたや、ありがたや。
 朝のラッシュは長くても一時間ほどで終わりを迎える。官庁の就業開始は八時やから、それを境にゆっくりと下り坂になっていく。九時も間近になればかなり余裕もできて、そこからうちの朝食タイム。最初は抵抗もあったんやけど、カウンターの常連さんと一緒に食べる朝食は、こんな仕事のちょっとばかしの役得やろう。

「やぅ」
 ドアの開閉を告げるベルが鳴って、また一人いつもの常連さんがやって来た。さちひこさんだ。入国管理局の職員さんらしいけど、最近新しいビジネスのために独立を目指してるらしい。
「いらっしゃい、さちひこさん。いつものコーヒーでええの?」
 ちょっと離れた席に向かって問いかける。いつもはカウンターに座るさちひこさんやけど、何でか今日は二人掛けの席に腰を下ろした。
「うん、いつもので。あ、それと今日は客が来るから二杯でよろしくっ!」
「はいな〜」
 なるほど、人待ちってことかいな。さちひこさんの注文を受けてカップ二つにお湯を注いで温める。ミルで豆を粗挽きにして、その間にフィルタをドリッパにセット。あとは粉を入れてお湯を注ぐ。三十秒ほど蒸らしたら、久音ブレンドの出来上がり。挽きたて煎れたて、自慢やないけど、うちの腕はかなりのもんやと自負してる。そこらのチェーン店には負けられへんのよ。
 二つのカップにコーヒーを注ぎ終わったちょうどそのとき、いつものお客さんがまた一人やって来た。
「ああ、雹さんいらっしゃーい」
「雹さん、こっちこっち〜」
 うちとさちひこさんがほぼ同時に声をあげた。なんと、さちひこさんの待ち人は雹さんやったんか。これはまた変な取り合わせで。
「こんにちわ」
 雹さんはうちに挨拶をすると、さちひこさんの席へと向かった。うちもその後に付いて、コーヒーをトレイに乗せて二人の元へ運ぶ。
「珍しい取り合わせやね。入国管理局のリフォームでもすんの?」
 コーヒーを二人の前に置きながら、どちらに聞くでもなしに尋ねてみた。
「いえ、違いますよ。さちひこさんが新しく興す会社の事務所をね、うちで請け負わさせてもらっているんです」
 雹さんは店の近くに構える建築事務所に所属する、新進気鋭の建築家兼インテリアデザイナー。最近なんたらとか言う賞をとって業界では脚光を浴び始めているらしい。うちの店を改築する際は雹さんに全部お任せ――もちろん格安で――することは約束を取り付けてるけど、……いつになることやら。
「じゃーん、どうよこれ。俺の新しい城だよ!」
 うれしさのあまりか少し興奮気味のさちひこさんが、雹さんの持ってきた空間イメージ図を見せてくれた。うちの予想してたよりも広く、そしてお洒落な近代感あふれるオフィス。さすが雹さん、やるなぁ……。
「いや、まだイメージの段階だから、あんまりおおっぴらにされると恥ずかしいですよ」
 謙遜気味に答える雹さんだけど、なんたら賞が伊達じゃないのは、建築に疎いうちにもよくわかる。
「それでですね、そろそろ具体的に業者さんとかも加えた話を始めて行こうかと考えているんですけどね……」
「ふむふむ……」
 何やら一転、二人は真顔になってあれやこれやと事務所に関する打ち合わせを始めた。邪魔にならんようにそっと二人の席から離れ、さてと、カウンター越しに二人の様子をしばらく見守るとしましょかね。

 さちひこさんと雹さんは二時間ほどの打ち合わせをして、店を出ていった。おそらく気を利かせてくれたんやろう。これから地獄のランチタイム。そう、ほんまにこれからの一、二時間、うちにとっての地獄が始まる。
 カンナギは珈琲喫茶と銘打ってある通り、メニューの大半はコーヒーで占めているけど、一応軽食としてサンドイッチ、ナポリタン、ピラフを用意してる。だがしかし、何と血迷った人の多いことか、この三食のために昼時は行列ができてる、……らしい。いや、うちは見たことないんやけどね、そんな行列。なんせ一人で切り盛りしてるさかい、外の様子なんて気にする余裕もない。常連さんにちらっと利いたことがあるってだけのこと。
 それはそれで嬉しい悲鳴っちゅうやつですけどね、みなさん、官庁にかて食堂くらいありますでしょ? そっちいってくださいよっ! なんてほんまに叫んでみたくなることも稀にあったりする。数日に一度くらいでこの時間の記憶がなくなってたりして、まさに地獄の時間なんよ……。
はぁ……。
 
 …………。
 ……。
 
 ふと時計を見上げると、いつの間にかもう十四時五分前になっていた。あはははは〜、今日も何が出たんか忘れちまったよ〜。在庫チェックせんとなぁ……。
 せやけどその前に、一仕事せなあかん。
 やつが来る!
「こんちわぁ」
 ぼさぼさの髪とよれよれのシャツ、眠たそうな表情を浮かべ、左手の脇には白いノートパソコンを抱えている。噂をすれば影ってか、有馬信乃がやって来た。カウンター席一番奥の隅っこに座って、パソコンを開く。
「おはようさん、すぐ作ったるからね」
 毎日十四時丁度にやってくる男。格好のわりに意外と几帳面な奴なのかもしれない。
 コーヒー豆を入れた缶が並ぶその奥から、信乃専用と書かれた缶を取り出して開き、中の茶葉をスプーン三杯ティーポットに移してお湯を注ぐ。コーヒー専門店のうちにこんなものが置いてあるのは全て信乃さんが持ち込んできたのだ。やれやれ困ったあんちゃんやで。
「はい、おまち」
 うちが紅茶を出してやると、ぺこりと頭だけ下げて、モニタを凝視しながらカタカタカタカタとキーボードを叩いている。
「どない? 締め切りには間に合いそうなん?」
 ほんの少しキーボードの上で踊る手が止まり、
「たぶん、週末は編集さんとここで追い込み作業になると思います……」
 視線をこちらに向けて、呟くように言った。
「あはははは、そかそか。作家さんも大変やろけど、付き合わされる編集さんもおつかれさんやなぁ」
 うちは一度も読んだことはないが、信乃さんはミステリー作家をしているそうだ。ペンネームを使っているんで、本屋に行って「有馬信乃」を探しても見つからんのやけど、日中こんな所に出てきてもファンに囲まれへんということは、そんなに売れてもないんやろう。見た格好からもそんなに儲けがあるようにも見えへんし……。と推理してみる、名探偵久音ちゃんであった、まる。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「春眠暁を覚えず」後編  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/14(土) 15:25  -------------------------------------------------------------------------
    それから約一時間ほど、静けさを取り戻しつつある店内には、相変わらず信乃さんのキーボードを叩く音と、時折聞こえる、うぅ……、といううなり声をBGMに、まったりとした時間が流れていた。
「こんにちわあ〜」
「こんにちわ」
 とっても素敵な挨拶のハーモニー、姫さまとみぽりんがやってきた。二人とも近所の学生らしく、授業が終わるとたまにうちに寄ってくれる数少ない女の子のお客さん達や。いやいや、ちゃんと他にも女性客は来てくれますけどね、なんてゆうかなぁ、こう、バリバリキャリアウーマンみたいな人ばっかやと、……ねぇ?
 その点彼女らは花があってええね、みてるこっちがほんわかしてくるわ。たまにカンナギのバイトに入ってくれるんやけど、そんときだけは、看板娘の座を譲ったる。
 ……認めたくないもんやな、若さ故の可愛さなど。……ごめんちょっとした妬みです、はい。いやいや、うちかて大人の色香で……。
 っと、そんなことよりお仕事お仕事。
「今日は何すんの?」
「コーヒーと、シフォンケーキも食べようかな」
 姫さまはメニューも見ずに答えた。たぶんここに来るまでに決めてたんやろな。
 何で彼女が「姫さま」て呼ばれるのかは聞いたことないが、その外見からおおよそ察しはつくというものや。流れるような黒髪に、透き通るような白い肌、純国産の京美人、まさにナイスネーミングセンスと褒めてしんぜよう。誰か知らんけどな、つけたやつ。
 さてさて、相方の方はと言うと、
「うーん、私もシフォンケーキに……、いや、でもチーズケーキも捨て難いしなぁ……」
 こちらは決めかねている様子。シフォンケーキとチーズケーキ、そんな悩むなら両方食べればええんとちゃうか、なんて思うが、やっぱりそこは年頃の女の子ってとこなんやろね。体重計とはおそろしや。うちも学生の頃はよう悩んだっちゅうねん。
 結局みぽりんも姫さまと同じもんをオーダーし、キョロキョロと店内を見回していた。
この子は姫さまと対称的に、リスやハムスターのような小動物系の可愛さが良いね。
「あ〜、信乃せんせだあー!」
 カウンターの奥に視線を定め、席を立って飛び出した。
 そういや、いたね、信乃せんせのファン一人。
「せんせー、いつになったらみぽりんを小説に出してくれるですかあ?」
 おいおい、そんな約束してたんかい、と心の中でちょっとツッコミ。
「あれ? こないだの褌祭殺人事件、読んでないの?」
 おい、せんせ! そんなタイトル売れませんて! それでいいのか出版社!?
「もちろん読んでますよ。でもどこにもみぽりんらしき女性は出てませんでしたよ?」
「あれに出てるよ。ちゃんと読んだ? 最初に殺された秋山美穂って女の子だよ」
「なっ!」
「ぷっ!」
 ごめん、みぽりん。思わず吹き出してもたよ……。
 けど、最初の被害者に知り合いを持ってくるなんて、信乃さんもやるなぁ。
「いやです〜! 書き直しを要求するですっ! あんなバラバラにされて、海に投げ捨てられる死体なんか嫌です〜! 映画版のシナリオ変更してください〜!!」
 前言撤回、あんたもう少し配慮したろうよ……。
「ごめん無理だ。もうシナリオあげちゃったし」
 と、信乃さんが澄ました顔して答えておりますが……、
「ちょっと割り込んでごめんな。映画化って何? 褌祭殺人事件が映画になるってこと?」
「そうですよ〜! ちょっと前までテレビでやってた『民俗学者西園寺冬馬』シリーズの続編『褌祭殺人事件〜すべてが靴下になる〜』が、早くも映画化なんですよ! 早く見たいけど……でもみぽりんが殺されるのは嫌ですう……」
 そのシリーズなら、たしかお客さんの間で話題になっていたような……。なに、信乃さんってじつは超売れっ子作家? てか、なぜに売れる? 褌祭殺人事件やで!?
「みぽりん、無理言っちゃだめだよ。もう撮影は終わっちゃったんだから」
 優しげな声で姫さまも会話に参加してきた。
 何で撮影が終わったこと知ってるんやろ? 信乃さんにでも聞いたんやろか。
「だってだってーっ!」
 なおも駄々っ子のようにみぽりんは、やいのやいのと文句を言うてる。
「大丈夫。みぽりんの役はちゃんと私が演じてきたから心配ないよ」姫さまはにっこりと笑った。「でも最近の技術ってすごいよね。CGで私がバラバラになった時はほんとに怖かったよ」
「なに!? 姫さん出演してんの?」
「姫さまずるいです〜。みぽりんも出たいですう。信乃せんせ、ださせろ〜!」
 可哀想に……。締め切り間近の信乃さんは、みぽりんに首を絞められながら勢いよく振り回されていた。
「みぽりんもそのうち出れるよ。スカウトの人が映画にでれるよって言うからやってみただけだし。今度一緒にスカウトされに行こうね。渋谷とか新宿に行くといっぱい声かけてくれるよ」
 ……、いや、姫さま。スカウトなんてそうそうされませんでしょ?

 台風一過の夕方六時。あと一時間もすればそろそろ閉店準備に取りかかるとこなんやけど、今日も残業してはんのかな、あの人は。
 店内のお客さんがぽつぽつとしてきたところで、久しぶりに彼はやって来た。内閣官房室長の七比良さん。この国きってのエリートと言ってもいい人物……、なのだが、実際はそうでもないんよね、これが。
「こーんーばーんーわぁ……」
 と、いつものように死にそうな表情、ぶっ倒れる寸前って感じの足取りで閉店前にやってくる。
「おつかれ、七比良さん。今日は残業なしなん?」
「ふふふ、いえ? 何言ってるんですか。これから一時間ほど休憩したらまた仕事ですよ? ええ、何とか国の大使館の方と、良くわからない言語で打ち合わせして、それから政策のまとめとかしてね。そのうえ、明日の朝までに仕上げなくちゃならない書類の山が俺の机の上にたんまりと……」
 死んだ魚のように焦点の定まらない視線をこちらに向けて、何やら怨念めいた文言をぶつぶつと唱えるように言った。
 テレビなんかに映る姿は颯爽としてるけど、ここに来るときはいつもこんな感じでやってくる。最初の頃は愚痴を聞かされるもんの身にもなってみいとか思とったけど、酒もないのによくもまあここまで愚痴を紡げんなぁなんて、最近ではある意味感心すらしてしまう。
「知ってます? 今度選挙あるじゃないですか……、それでね、知事選に対抗馬としてる彼をね、どうにかしろとか言ってるんですけどね……。それなのにね、うちの長官と来たら、大臣達と料亭に行ってね……」
 ええんか、エリート? そんなことこんなとこで吐き出してもて。誰かに聞かれたら問題ちゃうん?
「はいはい。まあ、コーヒーでも飲んで気分落ち着けよね〜」
 厨房の奥から愚痴聞き椅子を持ち出して、七比良さんの前に置いて座る。この人の愚痴は始まると長いからなぁ……。
「それでね、今度予算審議で通った……」
 ふあぁぁ。あかんなぁ、今日は色々あって疲れてもた……。
「しかもですよ、あの代議士なんかね。こないだあんなことがあったというのに……」
 そや、そろそろ皿とか洗い始めんと……。
「あの政党がですね……」
 うーん、もう、あかんかも……。
「だからって俺に言われたってね、どうしょうもないんですよ! ね、そうじゃないですか……」
 す〜、す〜……。

…………。
……。

「……とか、きっと……」
「でも、……ですよ……」
「これで……」

 久音の耳元に、こそこそと声を潜めた話し声が聞こえてくる。
 ……、あれ、たしか七比良さんの愚痴を聞いて……。
 ……、せや、閉店の準備が……。

「あぁっ!?」
 がばっと、跳ねるように久音は体を起こした。そこはいつもの見慣れた、みたらし団子茶房「巫」。久音が突然に体を引き上げたせいで、藻女、みぽりん、信乃は体を仰け反らせ眼を丸くして驚いたが、すぐに笑顔に戻った。
「おはよう」
「おはようございま〜す」
「おはようございます」
 三人の声が時間差をもって重なる。
「ああ……、おはよう、ございます……」
 久音は眠たげな目を擦りながら三人の顔を窺う。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。時計を……、と店内を見渡すが、そんなものはここにはない。
まだ寝ぼけてんなぁ……。自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「僕が入れたお茶なんで、味の保証はありませんが」
 苦笑いを浮かべた信乃が、久音の前に湯のみを差し出した。それを手に取った久音は湯のみに口をつける。お湯の温度が少し高すぎて茶の香味が消し飛んでしまっているが、飲めないほどの味ではなかった。
「ありがとうございます。ところで、皆さんお揃いで、どこかお出かけに?」
「はい〜。これから摂政さまがてらすみすと言うけーきを作ってくれるのですよ。柊さんも一緒に食べに行きませんかあ?」
 てらすみす? ……あぁ、ティラミスのことやな。
 表向きは団子屋ではあるが、ここ「巫」では世界中の料理を一通り教えている。おかげで久音もそのお菓子のことは知っていた。
「そうだね。他の人が作るお菓子を食べるのも勉強になるよ」
「そうですう。行きましょう、柊さん!」
 久音が返事を返す前に、みぽりんが右腕を掴んで引っ張り、店の外へ連れ出した。
「ちょ、ちょっと、店を閉めないと……」
「大丈夫、信乃さんが閉めといてくれるから」
「Σ!? 僕ですか!?」
「です〜。しのさんよろしくですよ〜!」
 久音を引っ張って走るみぽりんの姿は小さくなり、声だけが風に載って運ばれてきた。
 
 太陽とともに生きて、月とともに暮らす。
 そんな悠久の流れの中で、穏やかな春の日が今日もひとつ過ぎて行く……。

<りょ……

 ん?
「…………」
 ええっと?
「……」
 どうしました、柊さん?
「このまま終わる気なんかなぁ?(にこり)」
 はい、そうですけど何か? てか、笑顔が怖いですよ、柊さん……。
「何でうちが女の子になってるんやろか?」
 ……、え〜と、それはですね……。
「いやいや、怒ってへんからさ。そうや、グッパで決めよか。うん、うちが勝ったら男に戻してもらおかな」
 …………、それはいいんですけど……。
 何でそんなに力一杯の握り拳だったりするんでしょうか……?
「あははは、そんな細かいことは気にせんでええから。ほないくで、ぐ〜っ……」
 ……、あ〜っ! そうそう、これからまだやらなきゃいけないことがぁ……。
「ぱぁ〜で……」
 でででで、ででははぁ、こ、この辺で〜。
「こらぁ! またんか〜い!!」

…………。
……。

……ゴツッ

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「春眠暁を覚えず」後編  ■名前 : 柊 久音  ■日付 : 07/4/21(土) 23:12  -------------------------------------------------------------------------
   > 久音が返事を返す前に、みぽりんが右腕を掴んで引っ張り、店の外へ連れ出した。
>「ちょ、ちょっと、店を閉めないと……」
「ちょ、ちょいまって……店を閉めな……」
ぐらいの慌てぶり(で素の関西弁が出ている)でも良いかと。

> ん?
>「…………」
> ええっと?
>「……」
> どうしました、柊さん?
>「このまま終わる気なんかなぁ?(にこり)」
「とりあえず、このまま終わる気?(にこにこ)」
> はい、そうですけど何か? てか、笑顔が怖いですよ、柊さん……。
>「何でうちが女の子になってるんやろか?」
> ……、え〜と、それはですね……。
>「いやいや、怒ってへんからさ。そうや、グッパで決めよか。うん、うちが勝ったら男に戻してもらおかな」
「いやいや、怒りはせえへんよ。この間妹とカラオケに行ったときに『どこから声出してるの?』といわれたし、よく電話で間違えられるから気にしてへんよ」
> …………、それはいいんですけど……。
…………、それならそれでいいんですけど……。
「でもまぁ、とりあえずグッパでうちが勝ったら男に戻してもらう、ってことでええね?」

> 何でそんなに力一杯の握り拳だったりするんでしょうか……?
>「あははは、そんな細かいことは気にせんでええから。ほないくで、ぐ〜っ……」
> ……、あ〜っ! そうそう、これからまだやらなきゃいけないことがぁ……。
>「ぱぁ〜で……」
> でででで、ででははぁ、こ、この辺で〜。
>「こらぁ! またんか〜い!!」
>
>…………。
>……。
>
>……ゴツッ
>
><了>

なお、カラオケ話と電話のことは実話です。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「春眠暁を覚えず」後編 修正一校  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/23(月) 16:28  -------------------------------------------------------------------------
    それから約一時間ほど、静けさを取り戻しつつある店内には、相変わらず信乃さんのキーボードを叩く音と、時折聞こえる、うぅ……、といううなり声をBGMに、まったりとした時間が流れていた。
「こんにちわあ〜」
「こんにちわ」
 とっても素敵な挨拶のハーモニー、姫さまとみぽりんがやってきた。二人とも近所の学生らしく、授業が終わるとたまにうちに寄ってくれる数少ない女の子のお客さん達や。いやいや、ちゃんと他にも女性客は来てくれますけどね、なんてゆうかなぁ、こう、バリバリキャリアウーマンみたいな人ばっかやと、……ねぇ?
 その点彼女らは花があってええね、みてるこっちがほんわかしてくるわ。たまにカンナギのバイトに入ってくれるんやけど、そんときだけは、看板娘の座を譲ったる。
 ……認めたくないもんやな、若さ故の可愛さなど。……ごめんちょっとした妬みです、はい。いやいや、うちかて大人の色香で……。
 っと、そんなことよりお仕事お仕事。
「今日は何すんの?」
「コーヒーと、シフォンケーキも食べようかな」
 姫さまはメニューも見ずに答えた。たぶんここに来るまでに決めてたんやろな。
 何で彼女が「姫さま」て呼ばれるのかは聞いたことないが、その外見からおおよそ察しはつくというものや。流れるような黒髪に、透き通るような白い肌、純国産の京美人、まさにナイスネーミングセンスと褒めてしんぜよう。誰か知らんけどな、つけたやつ。
 さてさて、相方の方はと言うと、
「うーん、私もシフォンケーキに……、いや、でもチーズケーキも捨て難いしなぁ……」
 こちらは決めかねている様子。シフォンケーキとチーズケーキ、そんな悩むなら両方食べればええんとちゃうか、なんて思うが、やっぱりそこは年頃の女の子ってとこなんやろね。体重計とはおそろしや。うちも学生の頃はよう悩んだっちゅうねん。
 結局みぽりんも姫さまと同じもんをオーダーし、キョロキョロと店内を見回していた。
この子は姫さまと対称的に、リスやハムスターのような小動物系の可愛さが良いね。
「あ〜、信乃せんせだあー!」
 カウンターの奥に視線を定め、席を立って飛び出した。
 そういや、いたね、信乃せんせのファン一人。
「せんせー、いつになったらみぽりんを小説に出してくれるですかあ?」
 おいおい、そんな約束してたんかい、と心の中でちょっとツッコミ。
「あれ? こないだの褌祭殺人事件、読んでないの?」
 おい、せんせ! そんなタイトル売れませんて! それでいいのか出版社!?
「もちろん読んでますよ。でもどこにもみぽりんらしき女性は出てませんでしたよ?」
「あれに出てるよ。ちゃんと読んだ? 最初に殺された秋山美穂って女の子だよ」
「なっ!」
「ぷっ!」
 ごめん、みぽりん。思わず吹き出してもたよ……。
 けど、最初の被害者に知り合いを持ってくるなんて、信乃さんもやるなぁ。
「いやです〜! 書き直しを要求するですっ! あんなバラバラにされて、海に投げ捨てられる死体なんか嫌です〜! 映画版のシナリオ変更してください〜!!」
 前言撤回、あんたもう少し配慮したろうよ……。
「ごめん無理だ。もうシナリオあげちゃったし」
 と、信乃さんが澄ました顔して答えておりますが……、
「ちょっと割り込んでごめんな。映画化って何? 褌祭殺人事件が映画になるってこと?」
「そうですよ〜! ちょっと前までテレビでやってた『民俗学者西園寺冬馬』シリーズの続編『褌祭殺人事件〜すべてが靴下になる〜』が、早くも映画化なんですよ! 早く見たいけど……でもみぽりんが殺されるのは嫌ですう……」
 そのシリーズなら、たしかお客さんの間で話題になっていたような……。なに、信乃さんってじつは超売れっ子作家? てか、なぜに売れる? 褌祭殺人事件やで!?
「みぽりん、無理言っちゃだめだよ。もう撮影は終わっちゃったんだから」
 優しげな声で姫さまも会話に参加してきた。
 何で撮影が終わったこと知ってるんやろ? 信乃さんにでも聞いたんやろか。
「だってだってーっ!」
 なおも駄々っ子のようにみぽりんは、やいのやいのと文句を言うてる。
「大丈夫。みぽりんの役はちゃんと私が演じてきたから心配ないよ」姫さまはにっこりと笑った。「でも最近の技術ってすごいよね。CGで私がバラバラになった時はほんとに怖かったよ」
「なに!? 姫さん出演してんの?」
「姫さまずるいです〜。みぽりんも出たいですう。信乃せんせ、ださせろ〜!」
 可哀想に……。締め切り間近の信乃さんは、みぽりんに首を絞められながら勢いよく振り回されていた。
「みぽりんもそのうち出れるよ。スカウトの人が映画にでれるよって言うからやってみただけだし。今度一緒にスカウトされに行こうね。渋谷とか新宿に行くといっぱい声かけてくれるよ」
 ……、いや、姫さま。スカウトなんてそうそうされませんでしょ?

 台風一過の夕方六時。あと一時間もすればそろそろ閉店準備に取りかかるとこなんやけど、今日も残業してはんのかな、あの人は。
 店内のお客さんがぽつぽつとしてきたところで、久しぶりに彼はやって来た。内閣官房室長の七比良さん。この国きってのエリートと言ってもいい人物……、なのだが、実際はそうでもないんよね、これが。
「こーんーばーんーわぁ……」
 と、いつものように死にそうな表情、ぶっ倒れる寸前って感じの足取りで閉店前にやってくる。
「おつかれ、七比良さん。今日は残業なしなん?」
「ふふふ、いえ? 何言ってるんですか。これから一時間ほど休憩したらまた仕事ですよ? ええ、何とか国の大使館の方と、良くわからない言語で打ち合わせして、それから政策のまとめとかしてね。そのうえ、明日の朝までに仕上げなくちゃならない書類の山が俺の机の上にたんまりと……」
 死んだ魚のように焦点の定まらない視線をこちらに向けて、何やら怨念めいた文言をぶつぶつと唱えるように言った。
 テレビなんかに映る姿は颯爽としてるけど、ここに来るときはいつもこんな感じでやってくる。最初の頃は愚痴を聞かされるもんの身にもなってみいとか思とったけど、酒もないのによくもまあここまで愚痴を紡げんなぁなんて、最近ではある意味感心すらしてしまう。
「知ってます? 今度選挙あるじゃないですか……、それでね、知事選に対抗馬としてる彼をね、どうにかしろとか言ってるんですけどね……。それなのにね、うちの長官と来たら、大臣達と料亭に行ってね……」
 ええんか、エリート? そんなことこんなとこで吐き出してもて。誰かに聞かれたら問題ちゃうん?
「はいはい。まあ、コーヒーでも飲んで気分落ち着けよね〜」
 厨房の奥から愚痴聞き椅子を持ち出して、七比良さんの前に置いて座る。この人の愚痴は始まると長いからなぁ……。
「それでね、今度予算審議で通った……」
 ふあぁぁ。あかんなぁ、今日は色々あって疲れてもた……。
「しかもですよ、あの代議士なんかね。こないだあんなことがあったというのに……」
 そや、そろそろ皿とか洗い始めんと……。
「あの政党がですね……」
 うーん、もう、あかんかも……。
「だからって俺に言われたってね、どうしょうもないんですよ! ね、そうじゃないですか……」
 す〜、す〜……。

…………。
……。

「……とか、きっと……」
「でも、……ですよ……」
「これで……」

 久音の耳元に、こそこそと声を潜めた話し声が聞こえてくる。
 ……、あれ、たしか七比良さんの愚痴を聞いて……。
 ……、せや、閉店の準備が……。

「あぁっ!?」
 がばっと、跳ねるように久音は体を起こした。そこはいつもの見慣れた、みたらし団子茶房「巫」。久音が突然に体を引き上げたせいで、藻女、みぽりん、信乃は体を仰け反らせ眼を丸くして驚いたが、すぐに笑顔に戻った。
「おはよう」
「おはようございま〜す」
「おはようございます」
 三人の声が時間差をもって重なる。
「ああ……、おはよう、ございます……」
 久音は眠たげな目を擦りながら三人の顔を窺う。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。時計を……、と店内を見渡すが、そんなものはここにはない。
まだ寝ぼけてんなぁ……。自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「僕が入れたお茶なんで、味の保証はありませんが」
 苦笑いを浮かべた信乃が、久音の前に湯のみを差し出した。それを手に取った久音は湯のみに口をつける。お湯の温度が少し高すぎて茶の香味が消し飛んでしまっているが、飲めないほどの味ではなかった。
「ありがとうございます。ところで、皆さんお揃いで、どこかお出かけに?」
「はい〜。これから摂政さまがてらすみすと言うけーきを作ってくれるのですよ。久音さんも一緒に食べに行きませんかあ?」
 てらすみす? ……あぁ、ティラミスのことやな。
 表向きは団子屋ではあるが、ここ「巫」では世界中の料理を一通り教えている。おかげで久音もそのお菓子のことは知っていた。
「そうだね。他の人が作るお菓子を食べるのも勉強になるよ」
「そうですう。行きましょう、久音さん!」
 久音が返事を返す前に、みぽりんが右腕を掴んで引っ張り、店の外へ連れ出した。
「ちょ、ちょい待って、店を閉めな……」
「大丈夫、信乃さんが閉めといてくれるから」
「Σ!? 僕ですか!?」
「です〜。しのさんよろしくですよ〜!」
 久音を引っ張って走るみぽりんの姿は小さくなり、声だけが風に載って運ばれてきた。
 
 太陽とともに生きて、月とともに暮らす。
 そんな悠久の流れの中で、穏やかな春の日が今日もひとつ過ぎて行く……。

<りょ……

 ん?
「…………」
 ええっと?
「……」
 どうしました、柊さん?
「とりあえず、このまま終わる気?(にこにこ)」
 はい、そうですけど何か? てか、笑顔が怖いですよ、柊さん……。
「何でうちが女の子になってるんやろか?」
 ……、え〜と、それはですね……。
「いやいや、怒りはせえへんよ。この間妹とカラオケに行ったときに『どこから声出してるの?』といわれたし、よく電話で間違えられるから気にしてへんよ」
 …………、それならそれでいいんですけど……。
 「でもまぁ、とりあえずグッパでうちが勝ったら男に戻してもらう、ってことでええね?」
 ……あのぉ、何でそんなに力一杯の握り拳だったりするんでしょうか?
「あははは、そんな細かいことは気にせんでええから。ほないくで、ぐ〜っ……」
 ……、あ〜っ! そうそう、これからまだやらなきゃいけないことがぁ……。
「ぱぁ〜で……」
 でででで、ででははぁ、こ、この辺で〜。
「こらぁ! またんか〜い!!」

…………。
……。

……ゴツッ

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「下町の七さん」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/20(金) 1:47  -------------------------------------------------------------------------
   数日前の一件をSSにしてみました。
現実逃避(吏族試験間に合わず……orz)の一作です。校正よろしくお願いしま〜す。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 政庁から遠く離れた食事処「たたら」。この界隈は主に職人達が暮らすいわゆる下町である。看板娘の藤江は今日も朝早くから店先で打ち水を撒いていた。
「いよぅ、今日も元気でやってるかい?」
 藤江が顔を上げると、そこには着流し姿のいかにもな遊び人風の男がにこにこと笑って立っていた。
「あら、七さんいらっしゃい」時折ふらっと現れる、知る人ぞ知る常連客、七さんである。「今日もいつもので良いかしら?」
 藤江に向かって、おう、とだけ返事をして、七さんは店の中へと入って行く。
 さて、これから忙しくなるのね、藤江は着物の袖をまくって店内へと入っていった。

「よう、七さんじゃねえか。ひっさしぶりだなぁ」
 藤江が店内に入ると、店主である父が厨房から顔を覗かせて七さんと話をしていた。
「いやいや、最近忙しくっていけねぇや。顔出せなくてすまんね」
「何、いいって事よ。別にツケが溜まってるわけでもねえしな。おぅ、藤江。これ七さんとこに持ってってくれや」
 藤江は仕切り台に置いてある定食の盆を持って七さんの元へ運んだ。
「はい、七さん。しっかり食べて、ちゃんと働いてきなよ」
「おうおう、うまそうじゃねえか。へへ、いただきます、っと」
 右手に箸、左手に腕を持って七さんは食事を始める。その前に座って藤江は七さんを観察するようにじっと見つめていた。
 ずっと疑問に思っていたことがある。七さんは口調や格好からは下町臭さ丸出しでなのだが、何故か食事の仕草にだけは下町らしからぬ折り目の正しさがあった。下町の男達はもっと食事に対してがっつく。特にたたらで食事をする客は大声で喋りながら米粒を飛ばし、早食い競争でもしているかのように腕の中身を流し込む。ところが七さんだけは、きちんと口に入る適量を箸で掴み、しっかりと味わうようにのんびりと食べている。
「藤ちゃんよ。そんなにじっと見られると食べづらくてしょうがねえんだけどなぁ」
「え? あ……、あぁ、ごめんなさいね」
 ぼーっとしていた藤江に苦笑いを浮かべた七さんが声をかける。思わず赤面してしまった。

「て、てぇへんだぁー!」
 七さんがほとんど食事を終えたその時、たたらに人が飛び込んできた。岡っ引きの十三である。
「どうしたのさ、一体? ま、水でも飲みなよ」
 藤江が湯のみに水を注いで渡すと、十三は一息に水を飲み干し、口の端に溢れた水を袖で拭い取る。
「褌小僧がまた現れたんでぃ!」
「褌小僧だと!」藤江よりも早く、七さんが大声を出して立ち上がった。
「せ……いや、七さん。そうなんだ、褌小僧がまた現れて、高砂屋の葛籠一箱が盗まれたらしいんだ」
 褌小僧……。突然現れた褌専門の盗人である。大きな商家から褌だけを盗み、それを下町の貧乏な家々に配ってまわるという、一応義賊と言っても良いかなぁ、程度の盗人だ。配られる側にしてみれば、お金や食料の方がありがたいわけで、褌を貰っても正直困るというもの。そんなわけで、盗まれた褌はほぼ全て商家の方へ返却されているのだが、それでも盗人は盗人である。政庁の方では本格的な褌小僧対策室が設けられたとの噂もあった。
「まったく、せっかく人が朝飯を食ってるってのによぉ……」
 七さんはそう呟いて、懐から小銭を出して机の上に置いた。
「ゆっくりできなくてすまんね。ちょっくら行ってくらぁ」
 そう言い残して七さんと十三はたたらを飛び出していった。
「ちょ、ちょっと七さん!」
 机の上の小銭を集めて手に取った藤江は七さんを呼び止めようとしたが、店先まで出た藤江が目にしたのは、角を曲がって姿を消した七さんの背中だけだった。
「もう! 七さ〜ん、これじゃ足りないよ〜!」
 下町の空の下、藤江の叫び声だけがこだました。

 政庁内、摂政執務室。気難しげな顔で摂政、七比良鸚哥は十倉助三郎から事件の報告を聞いていた。
「なるほど、大体のことはわかりました。それで、信乃さんからの連絡は?」
「いえ、今のところ何も。ですが、罠にはかかった、とだけ追跡される以前に申しておられましたから問題はないと思われます」
 褌対策本部、通称マルフン。最近勢力を伸ばしてきた褌が絡んだ事件の増加を背景に設立された特殊部隊である。本部隊長は有馬信乃だ。今回の褌小僧事件についても三日ほど前から大々的に小僧狩りの準備を行っていた。
「失礼します」声と共に一人のメイドが入ってきた。「有馬様よりの言伝をお預かりしました」
 メイドは一通の書状を鸚哥に差し出した。ありがとう、と返事を返して、書状を開いて目を通す。

摂政さまへ
褌小僧のアジトを発見しました。どうやら敵は3人から4人ほどいる模様。さらに国外からの侵入者も確認しております。外交問題の恐れもありますが、いかがしたものでしょうか。ご裁可をお願いいたします。

「まずいな……」ぼそりと呟いた。「信乃さんに、あとは私に任せ引き上げるようにと伝えておいてください」
 そう言って、鸚哥は立ち上がった。
「摂政さま自ら行かれるのですか?」
「ええ、奴らの相手は私でなければ務まりませんからね」

「こ、これは……」
 男がわなわなと腕を振るわせて握りしめる褌。中央には和の心「不士山旭(ふじやまあさひ)」、木綿にして頑丈な造り、これはまさしく、天下に二品なしといわれた褌作家、会津正宗の作品である。
 まさか、こんなものが手に入るなんて……。
 男は思わず自分の褌を外して不士山旭を装着した。
 まるで雷にでもうたれたかのように背筋に緊張が走り、下半身がキュッと引き締まる。この着け心地、締まり具合、どれをとっても一級品に恥じぬ褌だ。体のそこから沸き上がる不思議な感覚、そう、力がみなぎってくるような気がした。
「いかがでしょう?」
「実に良い品だ。本当にこんなものを頂いていいのか?」
「構いません。そのかわり、と言っては何ですが、国外への密輸斡旋のほど、よろしくお願いしますよ」
「はっはっは。もちろんそんなことでよければ、いくらでもやってやろうじゃないか」
「ははぁ、ありがとうございます」

 昼飯時の終わったたたらは、夕方まで一時の閉店を迎える。その間に店主は仕込みを、藤江は買い出しに市場へと向かっていた。
「あら、七さん?」
 大通りをはさんだ先に、藤江は七さんらしき人影を見た。下町の岡っ引き(と藤江は思っている)がこんな所で何をしているのだろう、不思議に思って後をつける。
 七さんは大通りから西へと向かってひたすら歩調を緩めずにどんどん進んで行く。藤江も負けずに追いすがるが、男と女の足の差か、通用門を少し出たところで、とうとう七さんを見失ってしまった。
 しばらく辺りをきょろきょろと見回してみるが、七さんの姿はどこにも見当たらない。
 藤江は大きくため息をついて、もう帰ろう、と体を反転させた、と、その時である。さっと黒い影が藤江の前を通り過ぎた。
 な、何、今のは……?
 藤江は影の通り過ぎた方へと目を向けてしまった。
 そこには……。

 つけられている?
 調査のために被害にあった商家を尋ねた帰り道、大通りを歩いている時から、誰かに尾行されている気配を察知した七さんは、追跡者を巻こうと堀の外に出て身を隠していた。
「きゃあああぁぁぁぁっっ!!!」
 物陰に身を伏せていた七さんの耳に女の悲鳴が聞こえた。
 あの声は、……、たたらの藤ちゃんか!
 七さんが道に出ると、褌一丁の男達が女を取り囲んでいるのが見えた。囲まれている女は思った通り藤江であった。
「やいやい、てめえら。その娘さんから離れやがれ!」
 七さんが大声を出す。すると、一人の男が七さんに向かって歩いてきた。
「ええ、もちろん構いませんよ。女に用はありませんから」そう言って男は不敵に笑う。「用があるのは貴方の方だ!」
 男は褌の中から真っ白な布、褌を取り出した。
「さあ、貴方にはこれを着用してもらいますよ。ふふふ、褌こそ男の正装。お前達、あのお方を捕まえて褌に着替えさせるのだ!」
 男の合図とともに、藤江の周りに群がっていた男達が一斉に七さんに向かって来た。
「ふん、そう簡単に行くもんかよ! 藤ちゃん、今のうちに逃げるんだ!」
 一人目の男に手刀を叩き込みながら七さんが叫ぶ。それを聞いた藤江は、一目散に通用門目指して走り去った。
「さて、これで遠慮なく暴れられるってもんだぜ!」
 掴み掛かってくる男の腕を捻り上げ、後から蹴りとばす。後から抱え込むように抱きついて来た男には、そのまま前へ、背負い投げを決める。
 あっという間に、褌一丁の男達三人はのされてしまった。
「さあ、てめえら。大人しくお縄につきやがれ」

 不意に背後からぱちぱちと手を叩く音が聞こえてくる。
「さすがですね、七さん」
「やっぱりおめえさんとこが噛んでやがったのか」
「人聞きの悪い言い方をなさる。貴方だって……」
「黙りやがれ!」七さんの声で一瞬緊張が走る。「悪いがおめえさんもお縄にさせてもらうぜ?」
「悪いですがね、捕まるわけにはいかないんですよ。それに俺はまだ何もしちゃいないんですけどねぇ?」
「ふんっ! 言いたいことがあんなら奉行所でのたまってくれぃ」
「それは困ったなぁ。では交換条件、でいかがでしょうか? こちらを見てください」
 男は懐の中から一枚の布を取り出した。
「どうです、この色使い、この艶。貴方もご存知でしょう。不士山旭、会津正宗作の至高なる逸品。見逃して頂ければ、これを貴方に贈呈しましょう」
 七さんの動きが止まった。いや、その場を取り巻く時間が止まったのかもしれない。
 ごくり。
 七さんの喉元を通り過ぎる唾の音だけが大きく頭の中に響く。噂にしか聞いたことのない会津正宗作品。その中でも不士山旭と言えば、かつて金持ち達が先を争って奪い合ったという最高峰の褌だ。
「さあ、その手に取って感じてください。熱き褌の魂を!!」
 ふらふらと、まるで何かに導かれるように、七さんの体は不士山旭に引き寄せられて行く。七さんは褌を手に取り、その触り心地を確かめる。間違いない、これは今までの褌とは別物だ、そう予感させるに十分な感触だった。

「いたぞ! 一人として逃がすなよ!」
 その声に、はっと我に帰った七さんは、咄嗟に不士山旭を懐の中に隠した。その声に続いて役人達が七さんと褌男を取り囲む。
「ちっ! ここで捕まるわけにはいかんのだ!」
 褌男は常人離れした跳躍力を見せ、役人達を飛び越えて遠くへと逃げ去った。半数の役人が彼を追いかけていく。
「摂政さま、お怪我はございませんか?」
隊長の信乃が七さんに近寄ってくる。
「おう、でえじょうぶだ。それよりも、こいつらを頼んだぜ」
 七さんは先ほどのした褌男達を顎で指す。
「ええ、それはもちろん。おい、こいつらを早く連れて行ってくれ」
 信乃が命じると、控えていた役人達が褌男達を縄で縛って、街の方へと戻っていく。
「ちっ、かしらは逃がしちまったぜ。だが、やつぁこの国の人間じゃねぇな」
「ええ、おそらく。あの跳躍力は忍びの者。となると……」
 あの国だろう。七さんも信乃も頭の中には浮かんでいるが、あえて口にはしなかった。 

「ああ、そうだ。摂政さま。懐におしまいになった褌、お返し下さいね」
「え!? な、なんのことでぃ」
「不士山旭ですよ……、といっても贋作ですがね。褌小僧対策に理力を使って追跡用の術を掛けてあるんです。国内ならどこにあっても発見できますから、なかなか便利なものなんですよ」
「あ、あぁ……。そう、なんだ……」
 七さんはがっくりと大きく肩を落とした。
 傾きかけた日の空に、烏が一羽、あほ〜と鳴いた。

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「桜の宴」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/4/21(土) 1:05  -------------------------------------------------------------------------
   そういえば、春なのに花見行ってないなぁ……。
というわけで、せめてSSで花見をしました。
一応雹さんを主人公においてみたけど、ちょっとぼやけすぎてるかも。
校正よろしくお願いします。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暗い暗い岩戸の中で蜑乙女は泣いていた
黒い黒い世界の中にしくしくしくしく泣き声だけが響いている
すると外から笑い声 男も女も獣の声も聞こえてきた
蜑乙女は気になって、岩戸を少し開いてみる
灯りは見えたが、姿は見えぬ
蜑乙女はもう少しだけ開いてみた
灯りは広がったが、それでも何も見えはしない
さらに少しだけ岩戸を開き、そこから顔を出してみる
こうして蜑乙女は外に出た

******                            ******
 今日は新歓で、明日は昔のツレと、明後日は……、あぁ、彼女とデートで行くな。
 こうも毎日花見ばっかしてると、二日酔いだか三日酔いだかわからなくなる……

あるサークル内での会話より
******                            ******

 もきゅもきゅ……
 小鳥達が空で舞い、歌を奏でる。
 もきゅもきゅ……
 川のせせらぎが遠くに聞こえる。
 もきゅもきゅ……
 雹が最後のみたらし団子を口にする。
「ごちそうさま、お代はここに置いておきますね」
 雹は店を出て、堀沿いの道を歩いた。満開の桜が空の半分を桃色に染めている。
 いい天気だなぁ……。

 うららかな午後の日を浴びつつ、桜並木を散歩していると、烏帽子を被ってキセルを呑んでいる男を見つけた。有馬信乃だ。
 彼も雹に気付いたようだった。
「こんにちわ、いい天気ですね」
 そう挨拶して、信乃はじっと桜を眺めていた。にこにこと何やら嬉しそうに。
 何をしているのだろう。
 雹も彼のとなりに座って、一緒に桜を眺めることにした。

 しばらくすると、あすふぃこが通りかかった。
「こんにちわ」
 あすふぃこは雹のとなりに座って声をかけた。そして黙って、同じように桜を眺める。
どこに仕舞っていたのか、あすふぃこは小さな瓶を三人の前に置いた。
「おいしい水を見つけたんです。良かったら飲みませんか?」
 三人は瓶に直接口を付け、交代で一口ずつ飲んで行く。
 その水はとても冷たく、ほのかに甘い味がした。

 また時が経ち、今度は柊久音がやって来た。
「こんなところで、何をなさっているんです?」
「座禅をしています」とあすふぃこ。
「キセルを呑んでます」と信乃。
「桜を眺めています」と雹が答えた。
 久音は顎に手をやってしばらく考え込んだあと、ちょっと待っててくださいね、と言い残して来た道を戻っていった。

 相変わらず、桜を眺めている三人。そこへ今度はさちひこがやってきた。
「やう、何やってんの?」
 三人は久音に答えたのと同じ言葉をくり返す。
 ふーん、と気のない返事をしたさちひこは、背中の荷物を降ろして三人のとなりに並んで座る。
「さっき山で苺をとって来たんだけどさ。みんなも食わないか? 甘くて美味いよ」
 荷物から苺を取り出して、さちひこは口に入れる。
 では一つ、と言って雹も苺を口にした。
 うっすらと残った酸味が甘さを引き立てる、本当においしい苺だった。
 
「きゃ〜〜! きれいですう、きれいですよ〜♪」
「そんなに走りまわると転ぶよ」
 ドテッ……、どうやら転んだようだ。
「ふえええぇぇ、いたいです〜!!」
「ちゃんと下も見て歩かないと。桜は逃げないんだから」
 まるで姉妹のようなやり取りを、微笑ましいな、と思いながら雹は眺めていた。
 藻女とみぽりんである。最近はよく二人で出歩いているようだ。
「あれれ? みなさんお集りで、こんなところでなにしてるですかあ?」
 みぽりんに尋ねられて、四人は顔を見合わせ首を傾げる。そう言えば何をしていたんだろう。
「桜を見ながら水を飲んで、苺を食べていました」
 代表して雹が答える。ただ事実だけを並べた答だが……、
「なるほど。お花見してたんだね」
 と、藻女が上手くまとめてくれた。
 そうか、確かにお花見かもしれない。そう思って桜を見ると、心がうきうきしているような気がした。

「おや、いつの間にか人が増えていますね」
 柊久音がまたやって来た。右手には山と盛られたみたらし団子、左手には湯のみを4つ、それぞれ盆に乗せている。
「みんなでお花見をしようと思って持って来たんですが、こんなに増えるとこれじゃ足りないかもしれないですねぇ」
「大丈夫です、久音さん。みぽりんにおまかせですう」
 ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃ〜、と素っ頓狂な声をあげ、みぽりんが巾着の中から笛を取り出し、おもいっきり吹いた。
 すると一羽の鳩が飛んで来て、みぽりんの肩に乗る。みぽりんは何かを紙に書いて鳩の足に結ぶと、行くです〜、と言って鳩を大空へ飛ばした。
「何してるんですか?」
 雹は首を傾げて尋ねる。
「お菓子を呼ぶ魔法です〜」
 みぽりんは無邪気な顔で笑った。じゅるりとよだれを啜りながら。

 もきゅもきゅ……
 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ……
 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ、もきゅもきゅ……
 みんな黙って団子を食べる、苺をつまむ。桜を見ながら、空を見ながら。
 雹がふと視線を道に向けると、荷車を引いた男がやって来た。一歩一歩を踏みしめて、重そうに歩いている。摂政、七比良鸚哥のようだ。
「きゃー、お菓子が来たですよ〜!!」
 いや、摂政様なんだけど……。だがしかし、甘い匂いが漂ってくることはたしかだ。
「こんなたくさんのおか……、Σ!!」
「いただきま〜す!!」
 鸚哥が何か言おうとした時には、すでにみぽりんが大きな口を開けて、荷車に向かって飛びかかっていた。
 かぷっ!
「ほへんはひゃい、まひはへひゃいはひは」
「ぷっ……」
 鸚哥の頭を齧るみぽりんを見て、雹は思わず吹き出した。
「あ、笑っちゃ悪いですね、ごめんなさい……」
 だが、雹の謝罪の言葉は、
「ふふ」
「ははは」
「あはははは」
 みんなの笑い声によって消された。そして雹もつられて、
「はははははは」
 心の底から大きな声で笑っていた。

 その日は夜遅くまで、堀沿いの桜並木には大きな笑い声が流れていた。
 夜風がそっと走り抜け、桜の宴は幕を下ろした。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:01  -------------------------------------------------------------------------
   とりあえず、初稿です。相当の量ですが、校正して頂けると幸いです。
基本的に文章はこのままでいくつもりですが(修正を除く)最終稿は形を変えるつもりでいます。
二部作になっていますが、それぞれ独立した話として読めるようには作ってありますが、両方同時に読み進めていくといろんなことがわかるように作ってあります。
(森博嗣作、幻惑の死と使途、夏のレプリカみたいなイメージ。……よけいわかりづらいか?)

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:03  -------------------------------------------------------------------------
   水名潟(みなかた)はたいそうな力持ちだった
彼は村一番の力持ちと自負していたし、誰もがそれを認め、そして恐れていた
ある日、巳火槌(みかづち)という名の旅人が村にやって来た
彼はとても小柄で、水名潟の半分ほどの大きさだった
彼は村をたいそう気に入り、そこに家を建てて生活を始めた
そんな巳火槌にむかって水名潟はこう言った
この村に住むのなら俺の言う通りにしろ、と
巳火槌はしばらく考え、そして答えた
それでは力比べをしよう もしも負けたら従おう、けれど勝ったらお前が従え
水名潟は大きな声で笑って、いいだろう、と答えた
その返答に、巳火槌は小さく微笑んだ

******                            ******

褌は男の正装!!

ある祭参加者の言葉
******                            ******

 有馬信乃は、今日も神主との打ち合わせで白浜宮神社を訪れていた。ほぼ毎日、かれこれ二週間ぐらいになるだろうか。他の仕事も抱えながらでの祭の打ち合わせであるため、どうしても多くの時間をとれず、こうして回数を小分けにして進めていくしかない。
 さて、あとは参加者の最終調整くらいかな。
 手にした書類をぱらぱらとめくりながら今後の予定を考え、みたらし団子茶房<巫>に向けて足を進めた。
「信乃さん」
 白浜宮神社の鳥居を抜けて少し歩いたところで、信乃を呼び止める声がした。声の方に目を向けると、そこにはボロマールがこちらに向かって手を振っていた。
「おや、ボロマールさんじゃないですか。こんにちわ」
 たけきの藩国民であるはずの彼だが、最近よく巫連盟の方へ遊びにきていることが多い。よほどこの国が好きなのか、それとも別の用件のためか、まあ、どちらでも良いことではあるが、いくら仕事の忙しい時でも、こうして友と出会うことは嫌いではない。
「これから巫で団子でも食べようかと思っているんですが、良かったら一緒にどうですか?」
「いいですね。僕も信乃さんにお話があったとこなんですよ」
「僕にですか? どのようなご用件で?」
「まあそれは団子でも食べながら、ということで」
 ボロマールは1カートンの煙草を取り出して、笑みを浮かべた。
「そうそう。これ、お土産です。よかったら吸ってください」

 摂政、七比良鸚哥の体調はここのところ芳しくはない。それでも今日も書類の束と格闘していた。普段から仕事熱心であることは皆の知るところではあるが、ここ数日はいつも以上に仕事に打ち込んでいた。その結果体調を崩しているわけであるが、それでも彼は仕事を止めない。ある時は布団の中で、ある時はドラッカーに薬物を借りながら、寝る間も惜しんで仕事を片付けていった。
 全ては祭のために!
 休養を勧めるメイド達に対しての返答はこの一言のみであった。
 いま現在、彼のやっている仕事が祭の準備というわけではない。祭に参加するために休暇を申請しようと、前倒しで仕事をしているのである。摂政と言う仕事は藩国内だけでなく藩国外からの仕事も有しているため、年中無休と言っても良い。ところが鸚哥はこの祭の日だけは毎年休暇を申請している。いや、この祭以外に休みは取っていないとも言える。一週間ほどの長期休暇を申請し、本番に向けての特訓を行うという、気合いの入れ様なのだ。
 今年こそ、今年こそ!
 鬼のような形相で、彼は仕事を片付けていった。

「こんな感じで良いかなぁ」
 雹は最後の神輿を見上げながら呟いた。これで今年参戦する基準の神輿八台を全て作り終えたことになる。
 神輿をぶつけ合うという性質上、各村ごとに神輿を製作するとどうしても公平さにかけてしまう。そのため神輿の基礎部分は全て藩国の方で作り、飾り付けなどは村ごとに自由に行うようなんっている。雹は今年の神輿製作責任者に任命されていた。
「雹様〜」神輿製作組の一人が、雹の元へ走ってやってきた。「有馬様から、もう一台神輿を追加して欲しいとの注文が入りました」
「えぇ〜、何でまた?」
「それがですね……、はぁ、はぁ……」息を整えながら話を続ける。「何でも、国外からの参加者が予想以上に多いので、作って欲しいとのことでして……」
 確かに今年は国外参加者が例年よりも多い、との話は雹の耳にも届いていた。経緯のほどは定かではないが、ここ最近帝国内で和装が流行りとなっていることの影響ではないだろうか、と以前に信乃が言っていたことを思い出した。
「ふむ、そういうことならしょうがないなぁ。まあ、材料も余裕はあるし、すぐに取りかかるとしようか」
 雹は道具箱からのこぎりと金槌をとり出して、木材置き場の方へ向かおうとした。
「あ、お待ち下さい。じつはもう一つ、これを有馬様から受け取って参りまして」
 そう言って雹に一枚の紙を手渡した。
 雹はそれにじっくりと目を通す。
「この通りに作れ、と?」
「はい。何でもその神輿を担ぐのは特別な人ばかりだから、とのことです」
 雹が手にした信乃の紙、そこには保育園児のような絵で神輿の設計図が描かれていた。

 団子屋が一年で最も忙しい日はたいてい月見の時期である。ところが、ここみたらし団子茶房<巫>では少し異なる。というのも店主、柊久音が政庁勤め、店員の大半が見習いメイド達、という事情もあって、国事として行われる祭の無料配布飲食物を一手に取り仕切っているため、現在、けんか祭に向けての団子製作が通常業務の傍らで行われていた。
おかげで、いつも以上にみたらしのたれの香りが店の外にまで広がり、客足が増えて忙しさが増すという歓迎すべき悪循環が起こっている。
「ほらほら、手休めたあかんよ。今年は予想参加者がごっつ多いからね。国外からもぎょうさん来るみたいやし、いっぱい配って<巫>の名を帝国一にできるように頑張ろう」
 今日何百個目かの団子を握りながら久音がはっぱをかけると、はい、と爽やかな返事が返ってくる。まだまだ皆気力は十分のようだ。

 国境付近にさちひこはやって来た。後に数人の供を従えて。
「国王、この建国で多忙な時期に国を空けることはあまり感心できませんがね」
 声をかけてきた側近らしき男に顔を向け、そしてにやっと口の端をあげた。
「つまらんことを言うなよ。立国申請の済んでいない現状、俺はまだこの国の民なんだからな」
「ですが、戦火に晒されていると言うわけでもなく、たかがお祭りごときで……」
 続く言葉を、さちひこは手をあげて止めた。
「国の礎は民だ。戦火から守ってやることも大事かもしれないが、日常の生活を笑顔で暮らせるようにしてやることの方が大事だと思わないか?」
「そうかもしれませんが、何も国王になろうというお方がなさらなくとも」
「国王だからこそするのさ」
 そう言ってさちひこは町の方へと向かって歩き出した。
 お待ち下さい、と言いながらも、従って来た者達がさちひこを追いかける。
「せっかくの祭なんだ。賑やかしは一人でも多い方が良いだろ」

 あすふぃこは国境警備隊のほぼ全員を引き連れて、堀の外へと戻ってきた。
「明日からの祭、参加したい者は行って良い。三日間の休暇を与えよう」
 後につづく隊員に振り返って大きな声で言った。そして、あすふぃこ自身はまた国境警備隊詰め所に向かって足を進めた。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。あすふぃこ様は参加なさらないんですか?」
 あすふぃこは何を言っているのか、と考え込むように首をかしげた。
「私は男じゃないからな。特にこの祭へ参加したいとも思わないよ。それに……」
 そう、こんな時でも敵は待ってはくれないのだ。国中が浮かれているいま、それを守る者だって必要なのだ。
 しかし、あすふぃこはそのことは口にはしなかった。
 警備隊の者達だって、祭に参加したいだろう。そんなことを口にしてしまえば、おそらく彼らはまた警備の方へ戻ってしまう。だから何も告げずに、自分だけで戻ろうと考えた。
「俺達も戻ります!」
 隊員達は誰一人として街の中へは入らなかった。
 来た時と同じように、あすふぃこを先頭にして国境へと向かって帰っていった。そこが我が家であるかのように。

 神聖巫連盟において、他国からの来客はあまり多くはない。小国である巫ではこちらから出向くことの方が多いくらいだ。だがこの日は違っていた、珍しくたけきの藩国から、なんとたけきのこ藩王自らが赴いていたのだ。ただ用件と言っても公務、ではない。一般的にはお忍びと言われる部類である。なので公式の待遇はとられず、みぽりんと藻女の二人が彼女のお相手をすることになった。
 宮廷官達の寮の一室、そこにある茶室において、三人は午後の茶席を設けていた。
「このような時期においでになるなんて。何かございましたか?」
「いえ、そう言うわけではありません。気晴らし、とでも言いましょうか……」
「気晴らしならFVBの方がよろしいんじゃないですかあ? あちらの方がいっぱいいろんなものがありますよ?」
「ええ、そうなんですがね。ただ、うちの国民達が、巫で祭がどうとか、話をしておりましたので、他国にまで名を轟かすようなお祭りでしたら少し行ってみようかと思いましたの」
「ええ、もうすぐ五穀豊穣祈願の祭があるんです。そのせいか、摂政なんかいつもの三倍は働いてるのよ。ねぇ、みぽりん」
「そうですよ。近づくのも怖いくらいに……がくがくぶるぶる」
 みぽりんは何かを思い出したのか、いまにも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃに歪めていた。
「へー、あの七比良さんが、ねぇ……」
 どうやらたけきのこにはそんな鸚哥の姿は想像できないようだった。

 こんこと霞月は、たけきのこの供をして神聖巫連盟にやって来た。自分たちの国からあまり出たことのない二人には、巫連盟の全てが目新しく、そして面白かった。いや、普段の生活を見ているだけであれば、そこまでの興味は抱かなかったかもしれない。祭が近いせいか、街中がとても活気に溢れていて、いたるところでとんてんかんかんと屋台や催し物会場が組み上げられている。
 そして……、
「こんこさん、屋台や舞台が作られているのはわかるんですけど、なんで柵や壁までつくられてるんでしょうね?」
 まるで戦争でも始まるかのように、建物の周囲には柵や防護壁のようなものが作られていた。しかもそれらを組んでいるのは役人のようで、戦場で陣地作成なんかをやっていたのを見かけたこともある。
「神輿をぶつけ合うって言ってたからなぁ。あれくらいのことをしないと、建物なんか簡単に壊せるほど、きっと盛大なものなんじゃないかな」

 それぞれの思惑を胸に秘め、けんか祭の日は一歩一歩迫っていた。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 2  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:05  -------------------------------------------------------------------------
   【たけきの藩の祭前】

「ふー、たまにはこういう祭もいいものね」
 お供にこんこ、霞月を従えて、たけきのこが先頭を歩く。
 祭の前日だと言うのに大通りにはたくさんの屋台が並び、変わって通常営業を行っている店はほとんどない。国全体がほぼお祭仕様に生まれ変わっている。たけきのこは、ほんの数ヶ月前に行われた自国の祭、たけきのこ祭を思い出した。
 あの祭はとても面白かったし、うちの方が楽しかったと胸を張って言えるが、いかんせん自国では、誰もが自分のことを知っている。三歩歩けば、あらあらたけきのこちゃん、と近所のおばさんがよってきて、十歩も歩けば人だかりができる。それはそれで嬉しい限りだが、こうして思うままにふらふらとあちこち行けることもまた面白い。自国ではできぬ楽しみである。
「そう言えば、ボロマさんの姿が見えないけど、どこに行ったのかしら?」
「さあ、何も聞いてませんが……、こんこさんは知ってます?」
「さて、どこに行ったやら。ですが、この国には友達が多いようですから、その方々の元へ行かれたんじゃないでしょうか」
「ふーん、そっか」
 彼は彼で楽しんでいるようなら、それも良いだろう。そう考えることにして、たけきのこはあちこちの屋台に突撃をかけることにした。

「どうぞお受け取り下さい、ボロマールさん。なかなか良い褌でしょ」
 自慢げに笑いながら、信乃はボロマールにきれいにたたまれた布を手渡した。
「どれどれ」
 ボロマールはそれを手にとって広げ、鑑定士のように目を凝らしながら、時には布を引っ張ったり丸めたりして、褌を眺めた。
「確かにこれは良い。さすが巫の褌だ」
「いえいえ、恐れ入ります」恐縮して信乃は頭を下げる。
「いえ、お世辞ではありませんよ。しかしよろしいのですか? こんな上等な褌を無料配布するなんて」
「ははは、しょせん褌ですからね。それにこれは参加者の証でもありますから。できれば記念に残るようなものに、と思いまして。よその国ではてぃしゃつやら、すたっふじゃんぱあやらを作られるでしょ。それと同じようなものですよ。と言っても、他国の方では日常に褌を着用することなんてないでしょうから、あまり喜んで頂けないかもしれませんね」と言って、申し訳無さそうな顔で苦笑した。
「ふむ、しかし……、これは、良い褌だ」
 ボロマールは目を爛々と輝かせて、褌に見入っている。
 褌には赤い布地で、中央には「甲」の文字が黒で描かれている。布地の色と文字によって神輿の分担地区ごとに分かれている。赤は他国参加者で、甲の字は一組目という意味である。そんな説明を信乃はしていたが、ボロマールの耳には届いていないようにも見える。
「そうそう、それからこれが当日の参加者集合場所と時間、それから諸注意を書いたものになります。くれぐれも、集合場所は間違えないようにしてくださいね。色々と危険がありますから」
「ほうほう、なるほど。しかし危険とはいったい?」
「まあ、いろいろとね。あるんですよ、この祭には……」
 ぷかりと煙草の煙をふかし、信乃は遠くを見るように視線をそらした。

「ただいまですー」
 信乃と団子屋での面会を終えたボロマールは、たけきの藩宿舎に戻ってきた。
「あ、ボロマさん。お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「あれ、お二人だけですか?」
 部屋にいたのはこんこと霞月だけで、たけきのこの姿は見当たらなかった。
「ええ、藩王様は藻女様の元へ遊びに行かれてます」
「そうですか。まあ、いいや。そんなことより……どうです、これ!」
 ボロマールは懐から赤い褌を取り出した。
「ボ、ボロマさん……、それは……」
「さすがに他国でそれは、ちょっとまずいんじゃ……」 
 こんこと霞月の二人は顔を凍らせている。
「ははは、そうじゃありませんよ。この褌は明日、祭の神輿担ぎに参加するものに配布される褌ですよ。どうです、お二人も神輿担ぎに参加しませんか?」
 ああ、なるほど、と二人は納得し、安堵の息を漏らした。
「ん〜、面白そうですけどパスします」霞月はやんわりとした口調で断る。
「俺は……、せっかくの祭だし、参加できるなら担いでみようかな」こんこは乗り気のようだ。
「じゃあこれはこんこさんにお渡ししましょう」
 ボロマールはついさっき信乃から貰った褌を当日の概要が書かれた紙と一緒に、こんこに手渡した。
「え、これはボロマさんの分じゃないの?」
「いや、僕の分は別にあるから心配ご無用です」

【巫連盟の祭前】

 祭の前日だと言うのに、政庁の中はてんやわんやになっていた。一部の女官達にとっては例年のことなので慌てたりすることもないが、新人や中堅手前の若手女官達はぎゃあぎゃあと不満をまき散らしながらも、次々に仕事をこなしていく。
 毎年祭の一週間くらい前から徐々に男性職員は休暇をとりはじめ、前日ともなれば、九割近くの男性職員は政庁から姿を消してしまう。残っているのはひ弱か、エリートのみでおいそれと手伝いなど頼むのは気が引けるような男達ばかりだ。そのため女性職員にとっては一年で最も過酷な一週間となる。
「ふえええ、ふええええ、仕事がぁ、仕事が、襲ってくるです〜〜〜!!」
 と言うような、錯乱一歩手前とも取れる叫び声が、政庁のあちこちからあがっていた。

 完成はしたが、本当にこれで良いんだろうか?
 雹は信乃特注の神輿を眺めながら首を捻った。
 他の神輿よりも一回り以上を大きく、しかも神輿内の空洞部分がやたらと広い。特別、というからこれで良いのかもしれないが、この神輿はあきらかに他の神輿よりも強度がなかった。もって二戦というところだろう。どう考えても境内戦まで辿り着けるとは思えない。
 しばらくの間雹は頭を悩ませた。そして、
 ――よし、もう少しだけ補強しておこう。
 そう結論をだして、工具をとって改良を始めた。
 信乃さんは文族だからな。きっと強度計算を間違えたのかもしれない。

 厨房は戦場である。武官であるはずのメイド達が<巫>で研修を受けるのは、ここがもっとも激戦区だからかもしれない。……、んなわけはない。
 だが、その忙しさ、気の抜けなさ、それはまさしく戦地での状況と似通っていることだけは確かである、祭前の<巫>に置いては。
 司令官、もとい、団子屋店主、久音も最前線である竃の前に立ち、味の決め手となるたれの製作を引き受けていた。
「店長、三千個上がりました!」
「店長、粉が底をつきかけてます!」
「店長、追加注文が入っています!」
 店長、店長、店長、メイド達が口を開いてまず最初に出る言葉は久音を呼ぶ声ばかりである。
 普段の業務はほとんど店員任せにしているが、たまにふらっと現れては誰よりも鮮やかな手つきで仕事をこなしていくため、店員達からは格別の信頼を得ている。だがそれも、こんな忙しい日には災いとなってしまう。指示さえ与えればあとは完璧にこなしてくれるので楽と言えば楽ではあるが、責任者と言う立場はやはりしんどいものなのだ。
「上がった三千個は政庁へ持ってって。粉は裏の倉庫にあと三袋予備があるからそれ全部使てまお。で追加注文は何個なん?」
「それが……、一万個ですっ!」
 厨房にいた誰もが凍りつき、時が止まる。
「誰か……、材料買うてこーい!!」
 久音の叫び声が、メイド達を現実へと引き戻した……。

 かこーん、と小気味良い音をたてて、ししおどしが水を吐き出し跳ね上がる。
 六畳ほどの畳の間、寮にある藻女の自室だ。庭園に面しているため、格子を開けば、自分のもののように楽しむことができる。
「良い音。私ししおどしって好きなの」
「うん、たしかに。風情があっていい音ですね」
 部屋の中央には机があって向かい合って座る藻女とたけきのこ。二人は同時に手にした湯のみをずずっと啜る。のんびりとした、穏やかな雰囲気が彼女達を包んでいる。
「そうそう、思い出した。あのね、せっかくうちに来てくれたから、お土産を用意しておいたの」
「お土産?」
「いまはまだ秘密ね。来れなかった人達に配ってあげて」
「そんな、わざわざありがとうございます」
 かこーん、とまた、ししおどしが鳴いた。

【神輿出陣】

 雲一つない晴天、とはいかないまでも空は青く、太陽も国民達の熱気に煽られたように煌煌と輝いた快晴となった。今日は熱くなりそうだ、と思った信乃は少し満足げな笑みを浮かべた。
「さて、それでは最終確認をさせて頂きます」
 白浜宮神社の境内には各地区からの神輿担当役人と担ぎ手達の長が集まっている。信乃は彼らに向かって説明を始めた。
「今回の神輿台数は国外参加二つを含め全十神輿となっています。順路道理に進んで頂くと、ここ白浜宮境内までに二回、もしくは三回の神輿競り場所を通ることになります。大体同じような時間で辿り着けるように順路調整は行ってありますが、もし早くついた時は相手が来るまでそこでしばらくお待ち下さい。経路図は後ほどお渡しいたしますので、忘れずに持って帰るようにお願いいたします」
 ここまで言って信乃は集まった一同の顔をぐるりと一週見渡した。この辺りは例年のことなので信乃よりも詳しい人間の方がこの場には多い。
「それとですね、今年は他国参加者が多いことから不慣れな方々もいらっしゃると思いますので、彼らと当たる時は十分な注意をお願いします。一応何人かは我が国の者をつけてはおりますが、担当の者はしっかりと確認の方よろしくお願いします」
 信乃の言葉に鸚哥がうむ、と深く頷く。
「では皆様、説明は以上ですが、何か質問はございますか?」
 遠くの方から太い腕がにょきっと伸びた。
「国外参加者と当たった時は、やっぱ手を抜いた方が良いのか?」
 からかい半分の質問なのだろう、その声を聞いた周りの男達がわははと大声を出して笑った。
「浜漢の栄誉を他国の方に持って行かれてもよろしければ、手を抜いて頂いて構いませんよ」
 信乃は軽い冗談で返す。
 持って行かさねーよ、今年の浜漢は俺達のもんだ、などと男達は口々に言い合いながらさらに笑い声を高めた。
「それでは皆様、それぞれの地区に戻って正午の鐘をお待ち下さい。今年も派手に、大暴れして頂くことを期待しています」
 おおっ、と野太い男達の叫び声が境内に溢れ、各人それぞれに解散した。
「やあ、信乃さん。さすがに良い仕事をしてくれるね」
 境内から立ち去ろうとした信乃に、鸚哥が声をかけてきた。
「あ、摂政さま。担当地区の方、よろしくお願いしますね」
「もちろんです、任せなさい」
 鸚哥は胸を張って自信満々に答える。
「ところで、摂政さま……」
 信乃は項垂れるように少しだけ頭を落とした。
「どうしました? 何か問題でも?」
「いえ、問題と言うか。摂政さまがこの祭に相当な気合いを入れてらっしゃることは重々承知しておりますが、せめて祭が始まるまでは法被くらい羽織って頂けませんか? 一応他国からの観客もいらっしゃいますので……」
 真っ赤な褌に黒字の乙、いまの鸚哥が身に纏っているものはそれだけだった。

「今日は天気もよくてとってもいい気持ちです。こんな日をお祭り日和っていうんでしょうね。私は……、神輿も担げないし、屋台とかまわろうかな。あ、わらび餅が食べたいです。どこか美味しい屋台が出てたらあとで教えてくださいね。ではみなさん、今年の浜漢を目指してがんばってください」
 神社の境内では藻女が舞台に昇って祭の開催を宣言する。
 そして、境内の隅に立っている釣り鐘堂から、低く重みのある鐘の音が、三度打ち鳴らされた。境内で耳を澄ませば、各地区から一斉に神輿を担ぎ上げる声が聞こえてきそうな気がした。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 3  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:06  -------------------------------------------------------------------------
   【神輿のかき手達】

 真っ赤な褌を締めた男達が集まっている。たけきの藩国からの参加者はこんこ一人だけのようで、辺りを見回すと、赤い髪やら白い髪やら様々な国から人が集まっているようだ。
 ボロマさんの姿が見えないが、もう一つの組に回ったのかな。
「それではみなさん、参加者の確認を行いますので、神輿担ぎの方から順に並んでください」 
 背中に祭と書かれた青の法被を着た男が叫んでいた。それを聞いたこんこは確認の列に並ぶ。
「はい、それでは次の方〜」
 こんこの番がやって来た。たけきの藩国のこんこです、と担当者に名を告げると、ぺらぺらと手にした用紙からこんこの名を探そうとしていたのだが、時間が経つにつれて表情が険しくなっていく。
「あの、申し訳ありませんが、たけきの藩国からの参加はボロマールさんという方になっておりまして、こんこ様はご登録されていないようなのですが……」
「あれ、そうなんですか。そのボロマールさんから褌とかいろいろ渡されたのですが」
「では代理登録された、ということなんでしょうかね。いや、まあ、気になさらないでください。たけきの藩国の登録は信用ある方からの指示が出ておりますので、問題はありませんから」
「問題なんてあるんですか?」
「え? ええ、まあ……。ほら、祭と言っても世界的には戦時中ですからね。てろりすとやらの対策や、諜報員なんかが紛れているなんてこともありますので」
「あぁ、なるほど……」
 なかなか厳重に管理されているものだ、とこんこは感心する一方で、ボロマールの参加資格を奪ってしまって大丈夫だったんだろうかとも案じていた。
「それでは、もうすぐ神輿の出陣となりますので、準備の方をよろしくお願いいたしまーす」

 神輿の最後列、雹はそこで神輿を担いでいた。今日の祭は自分の作った神輿をそれぞれどんな風に活躍するかを見て回るつもりでいたが、通りかかった先で人手が足りねえと騒いでいる男達に出会ってしまった。よくよく見てみると、それは職人町の男達、技族である雹にとって知らない仲ではない者も何人かいる。特に彼らを取り仕切っている飯屋のおやじさんには、昼食なんかを奢ってもらったりと世話にもなっていた。
 仕方ないよなぁ。
 ほぼ二つ返事で引き受けてしまったために、こんな場所にいる。てっきり提灯持ちか太鼓叩き辺りだろうと思っていたのに、褌一丁で神輿を担ぐハメになっていた。
 職人町地区は毎年優勝候補に挙げられながらも、未だ優勝したことがないという万年二位地区と不名誉な称号を手に入れている地区で、毎年汚名返上のために年々威勢だけはうなぎ上りであり、今回も相当な意気込みで祭に臨んでいた。普段は寡黙な男達も、今日は荒々しく雄叫びを吠えまくる。
「すまねえな雹さん」飯屋のおやじが後から声をかけてきた。
「いえいえ、皆さんにはいつもお世話になってますから」ほんの少し苦笑を混ぜた笑顔で返事を返す。
「今年はうちの主力がごっそり抜けちまってよ。いや、公務だってんだからしょうがねえのはわかっちゃいるんだけどなぁ……」
「公務、ですか?」
「ああ、何でも神輿の警備担当が足りねえとか何とかでな。うちの地区の岡っ引きなんかが皆そっちに連れてかれたのさ」
 警備担当?
 雹は少し首を傾げる。祭の実行委員の人数は足りているようなことを信乃が言っていたからだ。警備にしても兵士達を動かしているなんて噂もあったほどだから、岡っ引きにまで声がかかるはずはないのだが……。
 雹がそんなことを考えているうちに、神輿は競り会場へたどり着いた。
「さあ雹さん、こっからが本番だぜ!」
 飯屋のおやじさんが普段の倍以上の大声で突撃の合図を出した。

【祭の観客達】

 藻女とみぽりんはそれぞれ右手にわらび餅、左手にわらび餅、お付きのメイドもわらび餅、いや、わらび餅持ちと、わらび餅に埋め尽くされての祭散策である。藻女がほんの一言わらび餅を食べたいと言ったために、屋台中のわらび餅屋が挨拶の後一斉に押し寄せてきたせいだ。
「ひえははー、ひぽひんわはひほひひはひほはへはいへふー」
 口の中いっぱいにわらび餅を詰めてみぽりんが喋る。
「どうしたの? あ、もっとわらび餅が食べたい?」
 にっこり笑う藻女に、みぽりんは勢いよく首を振る。
「大丈夫、冗談だから。そうね、私もわらび餅はそろそろ飽きたかしら」
 その瞬間、周囲にあった屋台のおやじ達の目の色が変わる。出し物を作る手に力を入れ、藻女の次の言葉をまっている。彼女に美味しいと言わせれば、半年くらいは好調な売れ行きを見込めるからだ。
「そうだ、摂政にケーキ作ってもらおう」
 がしゃーんとあちこちの屋台から調理器具が音を立てて、屋台のおやじと共に崩れ落ちる。
「でも今日は摂政さまは朝からお仕事してらっしゃいましたよ?」
「うん、お仕事だからいいの。遊んでるのを邪魔しちゃったら悪いけどお仕事だったら残業してもらえば良いんだし」
「ああ、なるほど〜」
「じゃあ摂政を探しにいきましょう」
「はいですうー」
 みぽりんと藻女はわらび餅を食べながら鸚哥を探しに雑踏へ消えた。

「あら? こんこさんとボロマさんはどこにいっちゃったの?」
 たけきのこは後を歩く霞月に向かって尋ねた。
「お二人とも神輿を担ぎにいかれましたよ」
「神輿って、あれよね?」
 たけきのこが指し示したところには、褌一丁の男達がヨイヤサッと威勢の良い掛け声とともに神輿を担いで街の中を練り歩いている。
「ええ、そうだと思いますよ。昨日ボロマさんが赤い褌を持っていましたから」
 たけきのこははた、と足を止めた。
「どうなさいました、藩王様?」
「不安だわ、激しく不安だわ……」
 こんこはともかくボロマールにいたっては過去数度に渡って自国内で暴走したことがある。しかも今回は祭ということもあって、半ば公認的に褌一丁で暴れることが出来るのだ。
 たけきのの恥とならないだろうか。
 それで収まれば良いのだが(いや、良いとは言えないが)、下手をすれば外交問題にもならないかと、たけきのこの頭の中はめまぐるしい早さで回転していく。
「霞月さん、二人がどこで神輿を担いでいるか知ってる?」
 そう尋ねられた霞月は、神輿競りの案内を見ながら答える。
「えっと、こんこさんは赤字に甲の字が入った褌をしていたので、さっき通り過ぎた神輿と競り合う予定になってますね。そろそろ競りが始まる頃かもしれません。ボロマさんは……、赤い褌で出かけられてたのでおそらく一緒だと思います。赤い褌の神輿は一台しかないようですから」
「そう、わかったわ。ちょっと急ぐわよ」
 言ったすぐ後に、たけきのこは競り会場に向かって駆け出した。
「ちょ、ちょっとおまち下さーい」
 霞月もすぐにその後を追って走り出した。
 角を曲がればもう競り会場というところに二人が差しかかったとき、屋根の上を一つの影が通り過ぎた。たけきのこは足を止めてそちらの方に視線を向ける。嫌な予感が心の奥底で沸々と音を立て込み上げてくる。
「今の影、見た?」
 後ろを振り返ることなく、同じく立ち止まった霞月に声をかける。
「影ですか? どこにそのようなものが」
 どうやら彼には見えなかったようだ。
「そう、じゃあいいわ。霞月さんはこんこさんの応援に行ってあげて。私はちょっと野暮用ができたから、ここで別れましょう」
 たけきのこは影の向かった屋根の先を見据えて言う。すると、もう一度影がふっと飛び出してきた。今度はしっかりと予測して眺めていたので、遠目からでもはっきりと、それが人影であることは見て取れた。
 
【祭の裏方達】

 本当ならば今頃は、屋台でも食べ歩きをしながらのんびりと楽しんでいる予定だった。それは久音だけでなく、今ここで働いている全てのメイド達も同じだっただろう。ところがそれは儚い夢と消えてしまった。今日も引き続き、みたらし団子の作成に追われている。
 追加注文一万個、ようやく七千個を作り終えたところだ。
「後、三千個〜!」
 数を数えていたメイドの一人が叫ぶように数を伝えるが、帰ってくる声はほとんどため息ばかりである。
「はいはい、手を休めんと。さっさと終わらせて遊びに行くんやで〜」
 叱咤激励する久音だが、やはり彼の声にも今までのような力はない。作り終えたところで、くたくたで<巫>から一歩外に出ることは、元気な時に国の外まで歩くよりも難しいことだろう。
 くそ〜、信乃さんめ、あとで覚えとれよ〜。
 追加注文を持ってきた信乃に向かって、<巫>職人一同の怨みは時が経つに連れて積み重なっていった。

「一班配置に付きました」
「二班、準備完了です」
 白浜宮神社境内に設置した豊穣祭実行委員本部。その片隅で椅子に座っている信乃のもとに次々と報告者達がやって来る。彼はを黙ってそれを聞き、ただ首を縦に振るだけだった。
「祭のほうは順調みたいだね」
 ひとつ、報告とは違う言葉が紛れ込んでいた。
「さちひこさん! 来てらしたんですか」
「まあね。建国はしてるけど、俺だってまだこの国の藩民ではあるからな。こんな日くらいは遊びにもくるよ」
 さちひこは信乃のとなりに椅子を持ってきてそこに座った。
「今年は何か警備が厳重だねぃ〜」とぼけた口調で言葉を出すが、すぐに真顔になって声を潜めた。「何かあったのかい?」
 信乃は小さく、そして薄く微笑を浮かべた。
「何もないようにするため、ですかね」
「それにしちゃあ、変装した兵士が町ん中をごろごろと歩き回ってるようだけど?」
「あちゃー、そんな簡単にばれちゃってますか」信乃は苦笑して頭を掻いた。
「いや、俺はここの兵士の顔は大体知ってるからな。戦時と同じ組み分けで行動してたから、公務中なんだろうって思っただけさ」
 なるほど、と納得し、相手にそれを悟られていないだろうかと信乃は考える。せっかくここまで順調に事は運んでいるのに、最後の詰めで失敗なんてことになったらまったく情けない話だ。
「人手が必要なら何か手伝おうか?」
 さちひこが心配げな顔をして提案してきた。
「いえ、ご心配には及びませんよ。そちらの方は大方順調です。……いや、やっぱり少しだけ手伝ってもらえますかね」
「何をすれば良いんだい?」
「いや、たいしたことじゃないんですけどね。そろそろ僕はここを離れて別行動をしなくちゃならないんです。それで、代わりが来るまでここの留守番をお願いできます?」
「なんだ。そんなことで良いのかよ」
 笑いながらさちひこは、良いよ、やってやる、と快諾した。
「すいませんね、祭を楽しむ邪魔をしてしまって。それでは、失礼します」
 さちひこと別れ、信乃は白浜宮神社をあとにして、目的地へと向かった。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 4  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:07  -------------------------------------------------------------------------
   【浜漢への道】
 
 良くわからないままに神輿を担いで来たこんこだが、進むごとに声援が増えているような気がした。もともとが国外参加者で構成されている神輿だから、それほど応援があったわけではない。さきほど壊した相手の応援者達が、今度は自分たちのことを応援してくれているようだ。中にはさっき神輿を担いでいた男が法被を纏って応援してくれていたりもする。
 祭っていいなぁ〜。
 なんとなくだが、こんこはぼんやりと考えた。
「おう、あんちゃん。そろそろ気入れろよ。次のお相手がお待ちかねだぞ」
 こんこの隣で神輿を担いでいる四十過ぎのおやじが、こんこに声をかけてきた。どこの国の男かはわからないが、なんでもこの祭には十年以上参加している他国参加者の主と呼ばれている男だ。ここまでの道で初参加のこんこにいろいろと祭のことを教えてくれていた。
「今度の相手は強えぞ。なんたって毎年優勝候補に挙げられている職人地区組だ。ただ、今まで一度も優勝したことがねえってことから万年二位なんて呼ばれててな、だから俺たちにも勝機はあるってことよ」
 こんこは少し首を伸ばして相手の神輿を眺める。
 先に神輿競り会場に入場した彼らは、野太い掛け声を叫び、神輿を高らかに掲げて士気を高揚させている。とんでもない気合の入りようだ。ほんの少し身震いをさせる。
 こんこ達の神輿も競り会場へと入り、二つの神輿は気合いを入れるため(正しくはそれも儀礼の一つであるが)大きな円を描くように会場内をぐるぐると回り始める。三周ほどしたところで競り審判の巫女が鐘を鳴らして、両方の神輿は中央に引かれた二本の開始線まで移動して、開始の合図を待つ。
 開始線の間に審判が立ち、両手を大きく横に開いて、見合って見合って、と今にも飛び出しそうな神輿を抑える。その間それぞれの神輿は、よいやさぁっ、えいさーっ、とそれぞれの地区ごと独自の掛け声で自分たちを鼓舞している。神輿の声の高まりとは打って変わって周りの観客達の声は静かになっていく。
「はっけよーいっ」審判が少しずつ神輿からは慣れていった。「のこったぁっ」
 開いていた両手を大きく振って交差させた。
 ほぼ同時にお互いの神輿が相手めがけて突進していく。こんこも神輿の支えを肩に乗せて、力一杯相手に向けて神輿を押し出す。
 木材と木材の激しくぶつかり合う音、そして、裂ける音。渾然一体となって、こんこの耳に、競り会場に、大きく響き渡る。同時に観客達からも応援の声がどっと沸き起こる。
 一度目ではお互い決着がつかなかったようだ。審判はまだのこったぁ、のこったー、と声を出している。
 二つの神輿は少し下がって距離をとり、大きな掛け声を出した後、相手に向かってまた突撃していった。
 
 何度神輿をぶつけ合っただろうか、雹はもう回数を覚えていない。身体中のあちこちに痣ができ、肩には擦り傷らしきものが無数の線を作っている。それでも気合いだけは萎えることがなかった。むしろ傷が一つ出来る度、もっと力をっ! と身体中の血が騒いで仕方がないほどだった。
「よいやさぁー!!」
 掛け声とともに再び神輿がぶつかり合う。
 ばきばきと音をたてて木材が崩れていく音が雹の耳に入った。同時に観客達の間からはおお〜、とざわめきが走り、すぐさまそれが大歓声に変わった。
「ひが〜し〜〜!」
 審判が勝者の方角を指して高らかに宣言した。観客達の声はより一層に大きくなる。
 雹の目の前を、壊れた相手の神輿の欠片がどさどさと落ちていった。
 終わった……。
 ただ茫然とそれを見ていた。そして、
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
 誰から始まったのはわからない、だが雹自身も歓喜の雄叫びを上げていた。職人地区組の男達は近くにいる誰でも彼でもかまわず、肩を組み、抱き合い、そして、感極まって泣きじゃくる者までいた。
 何十年と続いてきた歴史の中で、職人地区初めての栄誉をその手にしたのである。万年二位という屈辱的汚名をようやく返上したのだった。
「ありがとよ、雹さん。あんたのおかげだぁ!」
 飯屋のおやじさんが雹の手を握って力強く上下に振る。
「いや、私なんてたいしてお役に立てたかどうか……」
「いやいやいや、雹さんのおかげさぁ!」
 おやじさんは大きく手を振り上げて、雹の背中をばしっと叩く。背中に紅葉をつけた雹はふらふらっと前に飛ばされて倒れた。
 あたたた……、おやじさんの方がまだまだ体力あるじゃないか……。
 背中をさすりながら立ち上がろうとするが、どうやら全力を出し尽くしたようで、起き上がろうとして失敗して地面に転んだ。仕方がないので雹はそのまま境内に大の字に寝転がって、大きく息を吸う。
「おおおおおおーーーーーー!!!!」
 大声を出した。ただそれだけのことだが、何故かとても爽快な気分になれた。

【祭の終わり】

 境内のあちこちで篝火が焚かれ、夜の闇を払う。昼の神輿競りとはうってかわって、静かな、厳かな儀式となるのがこの祭である。五穀の豊穣を祈願して、神に贈り物を奉る。
 境内中央の石畳を、藻女、神主、そして巫女達が進み、その後には浜漢に選ばれた者達が穀物の苗や、農具などを持って従っている。それぞれが指定された位置に座すと、神官が最初の祝詞を読み始め、それに続いて楽が奏でられる。
「今年も私達に豊かな食がありますように……」
 神主に続いて藻女が奏上文を読み上げて、一連の式は滞りなく過ぎていった。

 今年も豊かな実りがあったかどうか、それはまた別の祭である……。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS七さんの祭  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:08  -------------------------------------------------------------------------
    今日も暖かい日になりそうだ。
 雲一つない空を眺めながら、藤江はうんと両手を高く上げて体を伸ばした。ようやく春らしい好天が何日も続くようになってきた。そんな日の朝早くのことだった。
「いよぉう……」
 お食事処「たたら」の開店とほぼ同時と言っても良い頃合い、げっそりとやつれきった男が店にやって来た。
「え、ええっと……、七さん? いらっしゃい。なんかお疲れのようだねぇ」
 四月の空に負けないほどの爽やかな笑顔を一瞬引きつらせ、藤江は彼を出迎えた。
 ここ最近まったく姿を見せないお得意さんなのだが、以前店に来た時とは別人のような顔つきに変わっている。
「へへへ、ちょっとね……。祭で休みを貰うために働きすぎたってとこよ……」
 本来岡っ引きであるはずの七さんだが、にやりと笑ったその顔は、まさしく悪人のそれに等しい笑いだ。
「ま、まあねぇ、祭のために頑張んのはいいんだけどさ。それで体壊して祭に参加できなくなっちゃ本末転倒ってもんだよ。ちょっと気を抜いても良いんじゃない?」
「へへへ、仕事も昨日で終わりさ。明日っから休みってもんよ」
「ならいいんだけどさぁ。父ちゃん、七さんご来店だよ!」
 藤江が厨房に向かって声をかけると、客席との仕切りから男が顔を覗かせた。
「よぉ、七さん。話ぁ聞かせてもらったぜ。その心意気や良し、だ。今日の飯は俺のおごりだ。じゃんじゃん食って力つけてくれぃ!」
 そう言ったおやじは、丼に山と盛られたごはんとみそ汁、生卵のはいった椀を乗せた盆を取り出して藤江に渡した。「さあ、小鉢は何が良い。焼き物は何にするよ」
「すまねえ、おやっさん。それじゃあ、いつもの鮭の焼きを頼むぁ」
 おうよ、とおやじの返事が返ったあと、魚を焼く香ばしい香りが、客席の方まで漂ってきた。

「てぇへんだ、てぇへんだ〜!」
 七さんが食事を終えて、腹をさすりながらもう食えねえ、と唸っているところに、新しいお客がやって来た。否、正確には客ではない。七さんに厄介ごとを持って来る、同僚の十三が、毎度のごとく大声を張り上げながら、たたらの中へ飛び込んできた。
「どうしたんでぃ、十三」
 うぷっ、と胃の中の空気を放出しながら、七さんが十三を自分の席に呼ぶ。
「七さん、奴らだ。今度は祭用の褌を百八枚もかっさらって行きやがったんだよ!」
「何だとぉ!」
 机を真っ二つにするかのような勢いで、七さんが机を叩く。
「しかも盗まれたのは宮廷の中にあったものばっかなんだ。こいつぁちょっとした問題じゃねえかって政庁の方でも噂んなってやがるよ」
「ちぃっ。やってくれるぜ、褌小僧共めっ!」七さんは楊枝で口の中をすすきながら、立ち上がる。「せっかくの休暇だってのによぉ! おい、いくぜ、十三」
「がってんだ!」
 七さんと十三は暴れ馬のごとき勢いでたたらを飛び出していった。
「まったく、いつもながら、慌ただしいお人達だねぇ」
 七さんの机を片付けながら、ぼそりと藤江は呟いた。

「信乃さん、また奴らが現れたそうだね」
 宮廷の一画、祭の準備にてんてこ舞いになっている有馬信乃に向けて、七比良鸚哥が声をかけた。
「おや、摂政さま。いかがなさいました? たしか今日から祭の終わりまで、休暇をとられていたはずでは?」
「ああ、そうなんだが……、奴らが現れたのなら休暇もなにもあったもんじゃないだろう」
 いつになく真顔で、ぽっこり膨れたお腹をさすりながら信乃を見る。
「ははぁ、十倉のやつですね。まったく心配しなくてもいいと言っているのに、困ったもんだ」
「なぜ? ……、あ、また今回も追跡用の理力褌を紛れ込ませたとか?」
「いや、まあ……、そうではないんですがね。盗まれたのは無料配布用の祭褌なので、たいしたことじゃないかと」
「何を言ってるんです。たとえ無料配布用であっても、それはれっきとした犯罪。たとえやつらでなかろうとも、放っておくわけにもいかんでしょ」
「まあ、そうなんですがね……。いや、今回の件に関しては、大袈裟に考えなくても問題はありませんよ」信乃は、ふと口元を緩める。
「じつはですね、少し前のことなんですが、祭に参加したいという他国の方がいらっしゃったのですが、諸処の事情によって全員参加して頂くわけにはいかなかったのですよ。その数が百八人、今回盗まれた褌の総数と同じです。しかもご丁寧に祭の参加要項も一緒に盗っていっている。おそらく彼らでしょう。まあ、その辺りのことはすでに手を打ってあるので、心配するほどのことではない、というわけなんですよ」
「ふむぅ……」
 鸚哥は顎に手をやってしばらく考え込むようにおし黙った。
「わかりました。しかしここは念には念を入れて、私も加わりましょう。場合によっては外交問題にもなりかねない。そいつらの神輿管理は私が担当します」
「いえ、そのようなことして頂かなくとも……。摂政さまは休暇中なのですから、担ぎ手としてご自身の地区に参加して頂いて構いませんよ?」
「いやいや、仮にも摂政の身、私事よりも国事を優先させるのは当然のことです」
「いえ、だから手は打ってあるのですが……」
 何故か意気揚々としている鸚哥の前に、信乃の言葉はむなしく宮廷に広がるだけであった。

 町の中心から離れた地区にある、うらさびれた食堂。昼の日中だというに、店内はほの暗い。先に座っていた二人の前に、一人の男が席につく。どうやら待ち合わせのようだ。
「遅かったですね、黄金様」
「ああ、すまん。これでも忙しい身でね。それよりも首尾はどうだ、赤よ?」
 赤と呼ばれた男は、うっすらと笑みを浮かべた。
「ほぼ完璧です。さすが、としか言い様がありません。黄金様に頂いた地図通りで、大変仕事しやすかったですよ。よくこんなものを持ち出せましたね」
 食卓の上に一枚の紙を置く。黄金はそれを取って、懐にしまった。
「それなら結構。俺の力を持ってすれば、こんなもの雑作もないことだ。それよりも、奴らの方も何かしらの手を打っているようだ。とりあえず俺の方でも対処はしておいたが、お前達も気を抜くなよ」
「心配ありませんって。黄金様がお戻りになるまで、俺と赤にお任せ下さい」
「ふむ、青よ。お前達の実力はちゃんとわかっているつもりだ。だがやつら、特に有馬信乃は見かけによらず、かなりの策士。どのような手段を用いて来るかは俺でも読めん。くれぐれも油断は禁物だぞ」
「はっ!」
 赤と青、二人の声が同時に響く。
「さて、と。俺はまたいつものところへ戻る。ここの勘定は俺が出そう」
 黄金は銀子一枚を卓に置いた。
「そんな、こんなに多くはありませんよ」
「なに、あまりは外で待っている連中に美味いものでも買って持っていってやってくれ。せっかくの祭なんだ、やつらにも精を付けてやらんとな」
 くくく、と悪そうな笑いを浮かべながら、黄金は席を立ち、後に手を振りながら店を出た。
「なあ、赤よ。俺ぁ計算が苦手だが、この量じゃ百五人分の飯なんて買えねえんじゃねえか?」
「言うな、青よ。足らず分は俺達で出そうじゃないか……。黄金様の心意気を俺達で買うのさ」

「ほんっと済まねえ、おやっさん!! この借りは必ず別のことで返すから、今回だけは見逃してくれぃ!」
 夕餉時まで一時閉店中のたたら。土下座しそうな勢いで、七さんは頭を下げた。
「いや、仕方ねえってのはわかってるよ。さすがに公務じゃしょうがねえさ」
 たたらのおやじはぷかりとキセルの煙を吹き出しながら、笑って答えた。
「ああ、ほんっとすまねえ。今年こそはこの地区に勝者の振る舞い酒を持って帰るつもりだったのによぉ……」
 そう言って、また深く七さんは頭を下げる。
「いや、だから七さんが悪いわけじゃねんだからさ。気にしなくていいってよ。まったく、役人達もこんなときに仕事を押し付けるなんて、なんてぇやつらだ」
「それはちげえよ、おやっさん。別に休んでも良いたぁ、言ってくれてんだけどよ。それじゃ、俺っちの正義の心ってやつが納得してくんねえのさ」
「くぅ〜、格好良すぎるぜ、七さんよぉ」
 おやじはけむくじゃらの腕を目に当て泣きまねをする。よほど七さんの行動に感動しているようだ。それが七さんの良心にちくりと刺をさす。
「いや、そんなこたぁねえよ。俺のわがままで、おやっさん達に迷惑かけちまうんだからな。けどよ、何事も起こんなかったら、俺の担当する神輿と、おやっさん達の神輿、境内で勝負しようじゃねえか。そんときぁ全力でいかせてもらうぜ」
「おうよ! それこそ望むところさ。こっちだって手ぁ抜かねえぜ」
 七さんとおやじはがしっと腕を組んだ。
 ……、熱っくるしいなぁ。
 買い出しから戻った藤江が、呆れた顔でその光景を眺めていた。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS七さんの祭 2  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:10  -------------------------------------------------------------------------
    今回は相当に大規模な褌対策本部、通称マルフン達が動員されている。しかも兵部省の方から兵員の借り出しを行ったらしい、との噂までマルフン達の間に出ているほどだった。
「信乃様、これほどまでに大規模な動員が必要でしょうか?」
 マルフンにおける信乃の片腕、十倉助三郎は、祭当日の兵員配置図を見ながら尋ねた。
「これでも少ないと思ってるんだけどなぁ。ここだけの話だが、どうやら他国からの褌一味が相当数紛れ込んでいるのだ。せっかくの好機、ここで一気に叩いておきたいんだよ」
「ですが、祭当日は多くの参加者が褌姿ですよ。どうやって見分けをつければ良いものやら……」
 十倉は両手を挙げてお手上げです、と仕草で示した。
 そんな彼に、信乃はふっと笑って口の端を斜めにあげて見せた。
「そのための無料配布褌さ。我々が参加者に手渡したものは全て記録がとってある。褌の枚数も地区ごとに制限があるし、偽造できないように簡単には手に入らない布も使ってあるからな。それらと見合わせれば一般人か褌一味かは簡単に見分けられるよ」
「なんとっ、そのようなことをなさっていたとは……」
「祭の実行委員も兼ねているからな。これくらいは役得と言うもんだよ。良いか、この話は誰にも漏らすなよ。どこで奴らの耳に入るかわからないからな」
「ええ、わかりました……」
「さて、じゃあ残りの作戦もさっさと組み上げてしまおう。もう時間はないんだからな」
 それから翌日の太陽が昇るまで、褌対策本部の間から明かりが消えることはなかった。
 こうして、マルフン達の最も長く熱い一日が始まる。

「褌こそは男の正装! 褌に力を、褌に勝利を、褌に栄光をーーー!」
 神輿の上に立って男が叫ぶ。今は祭の規則上、乙の字入りの赤い褌姿だが、普段は金色の褌を纏う男、黄金が担ぎ手達を叱咤激励する。
 それに応える声は低く地を揺るがしそうな野太い男達の声。
「我ら褌のために! 全ての力を出し切るのだ!」
「いくぜ、野郎共! 褌の力を今こそ見せつけてやるんだ!」
威勢の良さだけであれば、どこの地区よりも彼らは勝っていたことであろう、と後の観客の一人は語る。なぜ彼らが境内戦まで残れなかったのかが不思議である、とも。
「いくぞ、褌藩の名の下に!」
「おおぅっ!!」
 盛大な男達の掛け声のあと、他国参加乙組の神輿は、その巨体をゆっくりと宙に舞わせた。

「良いか、これ以上褌を冒涜させるような輩をのさばらせるわけにはいかん。ここで奴らを一網打尽にしてやるんだ。褌共に罰を、褌共に制裁を、褌共の撲滅をーーー!」
 マルフン諸隊を前に、男が盛大な演説を行っている。有馬信乃が祭実行委員のため朝の間は代わって十倉助三郎が隊を仕切っているのだ。
 マルフン達も楽しみにしていた祭参加を奪われる形となって、褌一味に対する恨みの念からか、今日はいつも以上に士気が高い。奴らに目にものを、奴らを排除せよとの声が、あちこちから沸き上がる。
たとえ帝国本体が相手だったとしても、彼らのやる気がそがれることはなかっただろう。後にマルフンを退役した者は当時の状況をそう語る。それがなぜ、あのような結果に終わったのだろうか、とも。
「行くぞ、褌小僧を根絶やしに!」
「おおぅ!!」
 マルフン達は勢いよく駆け出し、それぞれの持ち場へと散っていった。

 褌のために!
 彼らの勢いは衰えることがなかった。一台目の神輿を完膚なきまでに叩き壊した彼らは、観客からの応援を受けて得意気になっていた。普段街中で褌一丁で暴れ回っていれば、変態だの狂人だのと後ろ指を指されるのに、今日だけは彼らの勇姿に対して、男からは熱い賞讃を、女からは黄色い声援を投げられる。彼らにとってこんなに嬉しいことはない。俺達は間違っちゃいなかった、そんな錯覚すらも覚えていた。
「青よ、褌とは、良いものだな」
 赤は隣で神輿を担ぐ青に向かって呟いた。
「ああ、俺も同じことを思ったさ」
 青も同じように考えていたらしい。
 二人は顔を見合わせて。ふっと満足げな笑みを浮かべた。
「まだだ、こんなもので終わらんよ」
 二人の会話に割り込んできたのは黄金だった。
「黄金様」
「これはまだ始まりでしかないのだ。もっと多くの民に、もっと多くの国に、そう、褌こそが世界を繋ぐものとして、全ての民に褌の栄光を知らさねばならんのだよ。この祭はそのための第一歩にしか過ぎんのだ」
 それは王が国を治めるように、神が世界を創造するように、遥か高きを目指すかのごとくに黄金は言った。
「申し訳ありませんでした。そうですね、まだこれは単なる始まり」
「黄金様の目指す頂まで、俺たちぁどこまでもついて行きます」
 黄金の言葉に感銘を受けた赤と青は、自分たちの浅慮を改め、そして再び気合いを入れ直した。
「さあ、次の相手はどこのどいつだ! 褌の力みせつけてやるぞっ!」

 おかしい、順路道理に進んでいるはずなのだが……。
 黄金は実行委員から手渡された地図を見て首を傾げた。一戦目を終えてから、およそ一時間ほど神輿を進めたのだが、二戦目の会場に未だ辿り着いていない。それどころか、白浜宮神社から遠ざかっているようにさえ思えた。道端にいる観客の数もあきらかに減っている。
 大体にしてこの地図が不親切すぎることも一つの原因だ。順路を描くのであれば、地図に線を引けば良いものを、神輿の出発地から一戦目の神輿競り会場までしか記されておらず、その先は、突き当たりを右、三つ目の十字路を左、と言った具合に、言葉だけで道が表記されている。一応担当者としてこの国の人間が道案内をしてくれているのだが、本当に彼らがちゃんと場所をわかっているのか、少々不安になってきた。
 黄金は巫国内の地図を頭の中に描き、現在の位置を割り出そうと試みる。やはり、白浜宮神社とは逆方向へ向かっているようだ。
「おい、この道だと白浜宮神社へいくには相当な遠回りになると思うのだが、間違っているのではないか?」
 黄金は担当の一人に声をかけた。
「いえ、間違ってはございませんよ。私は何度も有馬様と共に順路を歩いておりますので、経路はばっちり頭に入ってございます。もう少し先に行くと広い空き地があるのはご存知でしょう? そこで二戦目となっておるのですよ」
 黄金は道の少し先に目をやった。確かにあそこの角を曲がれば、相当に広い空き地へ出る。だが、祭の会場としては適当だろうか? なにより周囲の観客数があきらかに少ないのだ。屋台の出も多くなく、中には見知った顔のもの達が掃き掃除なんかをしている。
 ふむ、まあこんな神社から離れた所では、観客も来たがることはない、ということか。
 そんなことを思いつつ、黄金達の神輿は二戦目の神輿競り会場へと辿り着いた。

「来たか」
 神社から遠く離れた空き地にて、信乃は数人の部下と共にその中央に立ち、神輿が入ってくるのを眺めている。
「もう合図を出しましょうか?」十倉が声をかける。
「いや、もう少し引きつける。どうやらまだ気付いていないようだからな」
 信乃は静かに言葉を返した。
 やがて、他国参加乙組の神輿が中央にやって来た。ちょうど信乃達と向かい合うような形で、神輿は止まる。
「有馬様、他国参加乙組、全員連れて参りました」
 担当の一人が有馬の前で跪き報告をする。
 ご苦労、と小さく首を縦に振った信乃は、左手を高く上げた。そして、
「褌小僧一味の皆様、お疲れさま。あなた方の祭はここで終わりです。この空き地は完全に包囲してあります。おとなしく投降するのなら、手荒な真似はいたしませんので」
 静かに、だが冷たく、神輿の男達に向かって言った。
「な、何を馬鹿なことを! そもそも俺達は他国からの祭参加者だぞ。そんなもんのわけねえだろうが」
「そうだそうだ、ひでぇ言いがかりだ!」
 誰ともなしに神輿担ぎの男達からそんな声が上がる。 
「てえことだ。俺達を捕まえるってんなら相応の証拠ってもんを持ってきてもらおうじゃねえか!」
 一人の担ぎ手が前に出てきて、信乃に向かって啖呵を切った。
「先日、宮廷から赤い褌が百八枚盗まれたのですよ。乙組参加者百八名。数はぴったり合うわけです」
「そ、そんなの偶然だ! 俺たちゃちゃんとした参加者だよ!」
「やだなぁ、ちゃんとした参加者なら、赤褌は甲の字なんですよ。……乙字の赤褌は、祭運営委員では作っちゃいないんだ!」
 最後の台詞を勢いよく言い放ち、信乃が左手を下ろすと、空き地の周囲に伏せていたマルフン達が箒型銃を構えて立ち上がる。彼らは皆制服ではなく、祭の観客やら何やらに変装していたのだ。
「く、くそぉ! 謀ったなっ!」
 赤褌の集団は抵抗しようと構えるが、如何せん今まで神輿を担いでいたために、武器となるものは何一つ持ち合わせていない。素手対箒型銃、あきらかに不利であると悟ったのか、彼らはクモの子を散らすようにバラバラの方角へ逃亡しようと試みた。
「誰一人として逃がすなよ!」
 信乃の声でマルフン達は一斉に神輿に向かって突撃する。
 熱き漢達の戦いの火ぶたが切って落とされた。

「褌のために!」
 黄金は神輿の陰に隠れて同志達に発破をかけた。祭への意気込みがそのまま士気に繋がっているようで、彼らは威勢よくおう、と返事を返してくる。
 だがそうは言っても周囲をぐるりと取り囲まれているため、状況は圧倒的不利。一部ではマルフンと同志達の殴り合いも始まっている。なんとかして打開策を見つけなくては、と黄金は策を練り始めた。
 その時である。神輿を内側から叩く音が聞こえ、やがてそこから腕が伸びてきた。
 何だこの腕は!?
 よく見ると出てきたの袖は、マルフン達の制服のものであった。
「ちぃ、神輿の中に伏せ手がいるぞ!」黄金は声をあげて注意を促す。
 その間にも神輿のあちこちから腕や脚が出現し、神輿自体が割れ中からマルフンの増援が現れるのも、もはや時間の問題に思えた。
「ええい、一点突破を試みる。全員頭を低く下げよ。突撃をかますぞ!」
 指示を出した黄金は自らも頭を低くしてマルフン達に向かって突っ込んでいった。箒型銃は本来敵を威嚇、足止めすることを前提に作られてあるので、平時の出力では殺傷能力が全く無いことを彼は知っていた。弾が当たっても数発までなら耐えきれる、そう踏んでの行動である。
 だが、黄金の予想は簡単に裏切られた。
「ぎゃあぁぁぁ!」
 後方から断末魔のような叫び声。ふと後ろを振り返ると、数人の同志が気を失って崩れ落ちていく。それを見た黄金は出力が平時の鎮圧設定ではなく、戦時の裁定出力に調節されていたことを理解した。
「ここは街中だぞ! なんてことをー!」
 黄金は大声で信乃に向かって叫ぶが、その声はマルフン達の威嚇、同志達の悲鳴、二つによってすぐさまかき消された。
 仕方ない、ここは下手に戦うより逃げる方を優先しよう。
 そうと決めた黄金は、マルフン達の囲いを破って何とか戦場から立ち去ることに成功した。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS七さんの祭 3  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:12  -------------------------------------------------------------------------
    伏せ手の奇襲が予想以上に出遅れた。その結果こちらの意図が悟られてしまい、多くの褌小僧達を逃亡させる結果となってしまったようだ。もっと強度を落としておくべきだったか、と信乃は戦況を見ながら後悔をしつつも、頭の一方では今後の方針についても考えを巡らせる。
 神輿競り会場はかなりの乱戦になっている。褌小僧をマルフンが羽交い締めにし、縄をかけようとしたところにべつの褌小僧が体当たりをかまし邪魔をする。それを別のマルフンが羽交い締めにして……、と千日手のように事態は膠着していた。その中から一人の男が上空へと飛び出し、民家の屋根へと登った。
 あの身のこなし、後ろ姿、やつに違いない。
「十倉、ここは任せる。何人かは僕に続け!」
 信乃は屋根の上を悠々と走る一人の男を追いかけた。褌小僧一味における実行部隊の長と目される人物、通称「赤」。せめてやつ一人でも押さえてしまえば褌被害の大半は防げると踏んだからである。
 信乃にとって幸運だったのは、赤が神社方面へ向かわなかったことだ。あちらに逃げられては道を走る追跡隊は人ごみに邪魔されて身動きが取れなかっただろう。ところが何故か赤は人通りの少ない北を目指して走っていた。
「あいたっ!」
 上ばかり見ていたせいで、横から飛び出してきた女の子に気付かなかった信乃は、彼女とぶつかって大きくよろめいた。女の子の方は尻餅をつく。
「これは失礼しました。お怪我はありませんか?」
 信乃は女の子に向かって手を差し伸べる。
「あ、ええーと、大丈夫、です」
 信乃は手を掴んだ女の子を引き起こす。
「本当に申し訳ありません。ただいま祭を濁す無粋な者が現れました故、追いかけてるのに夢中でお気付きできませんでした」
「あ、いえ、私の方こそ……」
「ただ、この先は女性には危険ですので、しばらく立ち入られない方がよろしいと存じます。では、私は賊を追いかける任務がございますので、失礼させて頂きます」
 信乃は女の子の前でくるりと踵を返し、再び赤を追いかけて走っていった。

 くそぅ! なんて狡猾な!
 誰よりも早く神輿競り会場から逃げ出したのは赤だった。忍者でもある彼は、いつものようにその跳躍力を活かし、一瞬で包囲網を飛び越え、次には民家の屋根へと飛び移り、あとは屋根伝いに逃亡した。ふと後をみると、有馬信乃を先頭に数人のマルフン達が道を走って追いかけて来る。
 よりにもよって信乃さんとは……。
 赤は唇を噛みながら忌々しげな思いを胸に伏せ、さらに脚を速めて屋根を走る。
 とにかく宿舎に戻ってしまえば、あとは何とかなるはずだ。
 そう考えた赤は、ぐるりと周囲を見渡した。宿舎までの最短路を探すために。だがそれは、予想だにしない出来事を引き起こした。
 それはお互いほんの刹那の出来事であっただろう。一人の女性とばっちり目が合ってしまった。
 いや、それは赤の錯覚であったかもしれない。平時であれば気にしなかったかもしれない。しかし、こんな逃走劇のまっただ中ではそんな思考も悪い方へと向かってしまうのも当然だろう。
 まずい、まずいぞーーー!!!
 このまま宿舎に戻るのも危険だと感じた赤は、追手からも宿舎からも離れるように進路を変更した。
 北に広がる森を目指して……。

 手遅れだったか……、まさか役人に追われるとは。いったい何をしたんだろうか。
 ……いや、当然の報いね。
 たけきのこは、屋根伝いに逃げる男を追いかけていく役人達を眺めながら、そんなことを考えた。いつの間にか自国で暴れる褌達に慣れ過ぎていたようだ。普通に考えればあんな姿で街中をうろつくこと自体十分に犯罪的だ。
 あいつの制裁は彼らに任せてしまおうか、とも考えたが、ぼろを出してうっかりたけきのの名を出されても困る。自国内ならまだしも他藩に迷惑をかけるなど藩王としての矜持が許さなかった。
 仕方ないわね……、使いたくはなかったけど……。
 たけきのこは右手を首の後へ持っていき、するするっと金色に輝く鉄の棒を取り出した。長さ三尺三寸、先へいくほど太くなっている。二度三度軽く素振りをして、たけきのこは屋根を走る影を追いかけた。

 森の中は意外と暗かった。朝はそれなりに晴れていたのだが、いつの間にか太陽は雲に隠れてしまったようだ。夕立でも来なければ良いのだが、と信乃は別の人間に任せきりにしている祭のことが少しだけ気になった。
 わずか数名で森の中を捜索するのはやはり無茶だったかもしれない。信乃についてきた追跡隊は誰一人として信乃の周囲にはいない。皆迷子になっていなければ良いのだが。
 ……、迷子は僕の方か。
 いやいや、森は広いのだから手分けして探しているのだ、ということにして信乃は一人で森の奥へと進んでいく。しばらく森の中央へ向かって歩いたが、結局赤はおろか、追跡隊一人として出会うことはなかった。
 さて、どうしたものか……。
 信乃は両手を逆の袖の下にしまって考え込む。すると右手の袖の下に何やら小さな箱が当たった。取り出されたその箱は、先日ボロマールに貰った紙巻き煙草だった。悪いとは思いつつも、封を切って一本取り出し、口にくわえる。考え事をする時にはどうしても吸ってしまうのは信乃の悪い癖だが、知りつつも頭が冴えてしまう(それが錯覚と知りつつも)のだから止めようとは思わない。
 火打石をとり出して煙草の先に火をともす。ぽわっと小さな赤い光が、信乃の周りを照らした。

「いたか?」
「いや、こっちにはいないようだった。そっちはどうだ?」
「すまん、こっちでも見つけられなかった」
 一本だけある森の奥への道で、巫の兵装をした男達がそんな話をしている。
 たけきのこは近くの木に身を隠して彼らの話を聞いていた。男達の話をまとめると、どうやらこの森に逃げ込んだのは確実で、現在のところ誰も見つけてはいないらしい。さらに、彼らはどうやらここで一旦引き上げるらしく、事態はたけきのこにとって都合の良い方向へと進んでいるようだ。
 ふっふーん、まってろよー
 たけきのこは男達に見つからないように、そっと身を伏せて森の奥へと向かって進んでいった。
 五分ほど進んだところで、鼻をくすぐる嫌な臭いが漂ってきた。この臭いには十分に心当たりがある。誰かさんが吸っているのを何度か見かけたことがあった。煙草だ。
 臭いのする方に目を向けると、うっすらと人影が見え、たまに顔の近くがぽっと赤く光るのが見える。
 たけきのこはにやり、と口元を歪め、そっと近づいていく。絶対に逃がしはしないと万全の体勢を整え、大きく上段の構えをとった。
「なにをやらかしたーーーー!!!!」
 大きな叫びとともに人影に向かって「粉砕バット改」を振り下ろす。
「え?」
 振り向いた人影、彼はたけきのこが頭に描いていた人物とはまったく別の顔をしていた。そこにあるのは先ほど街中でぶつかった役人の顔だ。
「え、えーっ!?」
 慌てて腕を止めようとするが時すでに遅く……、鈍い音とともに彼は地面へと横たわっていた。見間違いかもしれない、と倒れた男の顔を覗くが、やはりそこにあるのはあの役人の顔だった。
 …………、
 ……え、えーと。
「ぎゃーーーー!!」
 加害者であるたけきのこが倒れた男に変わって大きな悲鳴を上げる。
 ど、どっどどっどどうしよーーーー!
 え、えーと……、だ、誰も見ていなかったから知らないふりをしてればいいのかな。あ、いや、まずはこの死体をどこかに埋めないと。発見を遅らせることが捜査攪乱の第一歩よね。
 ……、違うって! そうじゃなくってー!
 落ち着け、冷静になれ、とぶつぶつ口の中で呟きながら、男の容態を確認する。男の胸に耳を当てると心臓の鼓動が聞こえ、顔に手をやるとかすかながら息が当たるので、幸いにして命に別状は無さそうだ。
 ふー、何とか最悪の事態は免れたようね。
 男の側にへなへなっと座り込んで、たけきのこは安堵の息を漏らした。そして顎に手をやってどうしようかと思案する。
 こういう場合はたしか頭を固定してやればいいはず。
 戦闘訓練で気を失っている兵士にそんな応急処置を施していた軍医がいたことを思い出した。だが、頭を固定させようにも、周りに適当な枕となりそうなものは見つからない。
 し、しかたないわ、ね……。
 たけきのこは男の頭を自分の膝の上に乗せてみた。不本意ながら頭の納まり具合はちょうど良い。しばらくの間、たけきのこは男を膝枕の状態で様子を見ることにする。
 早く起きないかと男の頬をペチペチと叩きながら、途中で見かけた兵士達が早くやってくることを願った。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS七さんの祭 4  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:12  -------------------------------------------------------------------------
    たたらのおやっさん達は境内戦に辿り着いたか。頑張れよ、おやっさん……。
 白浜宮神社境内、息を切らせた七さんは鳥居をくぐってくる神輿を眺めていた。
「七さん、七さんてぇへんだーーー!」
 そんな七さんの元へ、神を振り乱した十三が駆け寄ってきた。
「どうしたんでい十三。褌小僧達の残党共が現れやがったのか!?」
「ち、違うんだ。いや、そうかもしれねえんだけど……。有馬様が褌小僧の一人を追いかけたまま森の中で行方不明になっちまったらしいんだ!」
「なんだとー!!」七さんは祭の掛け声よりも大きな声をあげる。「今すぐ手の空いてる者を森の入り口へ集合させ……、いや、集めるんでぃ!」
 七さんは十三と共に政庁方面へと向かった。

 摂政七比良鸚哥はメイド達を率いて、有馬信乃の行方を捜索するため森の中へと進んでいった。半刻ほど森の中をうろついたところ、森の中で一人の女性が座り込んでいるのを発見した。よく見るとその膝の上には人の頭が乗っており、彼女の膝枕で男が横になっているようだ。もしやと思い、鸚哥は彼女達に近づいていく。
「七比良さん!」
 お互いを視認できる距離になって、先に声をあげたのは相手側だった。
「これは、たけきのこ様ではありませんか。このような場所で何を……、それに、そこで横になっているのは信乃さんか」鸚哥は二人の元へ駆け寄る。「一体、何があったのですか!?」
「え、えーと……」

 束の間、黙り込んだあと、たけきのこが言葉を発した。
「じつは……、私が森に迷い込んでしまってですね。えっと……、そうだ、褌の暴漢に襲われそうになったんですよ。うん、それで、この方に助けて頂いたのですがね。ただそのときに、ちょっと頭を殴られたみたいで、気を失ってしまわれて……」
 たけきのこがどもりながらたどたどしい言葉を続けようとした時、信乃がゆっくりと目を開けた。
「あれ、摂政さまではありませんか。それに、貴方はたしか……」
「信乃さん、大丈夫ですか? ええ、貴方はよくやってくれましたよ。貴方のおかげで外交問題にならずに済みました」
「は? 何のことです?」
「貴方がお救いしたこのお方はたけきの藩国たけきのこ藩王様なんですよ。ご存じなかったのですか?」鸚哥はたけきのこに手を向けて信乃に説明した。
「なんと、それはご無礼を」信乃は慌ててたけきのこから離れ、膝をついて頭を下げる。「ですが、藩王さまをお救いしたとは一体どういうことでしょう?」
「たけきのこ様が暴漢に襲われていたところを信乃さんが助けたそうじゃないですか?」
「え? いえ、確かに暴漢らしき人物は現れまし……」
「七比良さん! この方は頭を強く打っておられますので、早く医師の元へお連れした方がよろしいかと」
 信乃の言葉を途中で断ち切り、たけきのこが提案をはさむ。
「ええ、そうですね。誰か、信乃さんを医務室までお連れしてください」

 祭も無事に終わった夜の政庁。マルフン達の仕事場にはまだ灯りが灯っていた。部屋の中には二人の男、有馬信乃と十倉助三郎である。
「というわけで、逮捕者総数四十七人、ですが、黄金、青、赤、をはじめとした首謀者達は残念ながら一人も捕縛することは出来ませんでした」
「そうか。僕の不注意で迷惑をかけた。本当にすまない」
「いえ、有馬様がご無事であった事の方が大事です。それに、たけきの藩王様をお救いしたとか。大変な栄誉ではありませんか」
「ああ、そのことは……」信乃はわずかに溜息を漏らす。「確かに暴漢は現れたんだが、その時は僕一人だったんだ。あのとき僕がたばこを……」
 言いかけて信乃は言葉を止める。森林では火災予防のため禁煙区域に指定されていたことを思い出したのだ。法官出仕を予定している者がそのような規則違反を犯したことは出来れば伏せておきたかった。
「どうなさいました?」
「いや、なんでもない。たけきのこ様がそうおっしゃるのなら、きっとあの方の言い分が正しいのだろう。僕は気を失っていたのだから……」

 浜のけんか祭は今年もまた熱く盛り上がったようである、翌日の瓦版にはただそのことだけが記されていた。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 エピローグ1  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:13  -------------------------------------------------------------------------
    深夜のみたらし団子茶房<巫>。
 奥の座敷で一人の男が仰向けに大の字になって寝転がっていた。有馬信乃である。身体中のあちこちが痛み、もう一歩も動けない、というほどまでに疲れ果てていた。それも仕方がない、二つの仕事を同時に進行させていたのだから。
「ほなね、信乃さん。うちはもう帰るけど。あとのことは任せてあるから、ゆっくり疲れとっていきやー」
 店主、柊久音の言葉も右の耳から左の耳へ、目は開いているが頭の中はもう夢の中に近い感覚だ。少しでも気を抜けば、このまま丸一日は眠れてしまうかもしれないな、もやのかかった意識の中で、信乃はそんなことを思った。
 深く、深く、意識が落ち込んでいく……
「おつかれさまです〜!!」
 そこへ、突然の大声で<巫>に入ってきた二人がいた。
 その声に信乃の意識は一瞬で現実に引き戻され、そして体がびくんと跳ねる。
「あ、あぁ……、みぽりんさんと……摂政さま、ですか?」
 疲れた声と言うよりは呆れた声。
 店の入り口では、異国のごすろり衣装なるものに身を包んだみぽりんと七比良鸚哥がメイド達に負けず劣らずの笑顔を信乃に向けていた。
「あの、摂政さま。その服は女性のものなのですが……」
「あらあら信乃様ったらなにをおっしゃっているのでしょう? ねえ、みぽりんさん」
「きっとかなりおつかれなのでしょうよ、お姉様」
 二人は唖然としている信乃をよそに、ですわね、おほほ、などと誤ったごすろり知識全開で話を進めている。
 本格的に頭が重くなってきた……。
「さあ、信乃様。私達がお仕事のお疲れを癒して差し上げますわ」
「い、いえ、結構ですから。僕もそろそろ家に帰ろうと思って……」
「そんなご遠慮なさらなくてよろしいですよ〜」
 信乃は立ち上がって逃げ出そうとしたが、体に重りをつけられたかのようで、思うように動かせない。
 あれ、どうしたと言うんだ……。
「うふふふ、そろそろ薬が効いてきた頃ですわ」
 鸚哥がとびきりの笑顔を向けて言った。
「薬?」
 そんなもの、いつ飲まされたのだろうか。鸚哥達にそんな仕草は見られなかったが。
「柊さんにお願いして、信乃様のお茶に疲労回復促進作用の薬を注入したですよ〜」
 保育園児が良いこと自慢をするように、みぽりんは笑顔で説明する。
 ――あとのことは任せてあるから、ゆっくり疲れとっていきやー
 信乃の頭に久音の去り際の言葉が蘇る。
 そういうことか!
「さあ、信乃様。私のお膝に頭をお乗せなさりませ」鸚哥は信乃のすぐ側に正座して、信乃の頭を持ち上げた。「ほほほ、遠慮なさらずに。膝枕お好きなんでしょ〜?」
「いりません! 男の膝枕なんぞに興味はなぃ……、いや、だから、やめてくださいよーっ!!」
 思うように抵抗もできず、信乃の頭は鸚哥の太腿に乗せられる。張りのあるがっちりとした男の脚の上に……。
「まあそんなにお喜びにならずとも、おほほほほ」
 信乃の頭を撫でながら、鸚哥はにっこりと微笑みを浮かべる。
「きゃあー、お姉様ったら大胆ですこと。ではみぽりんは体の凝りをほぐして差し上げますわ」
「いや、そんなことしなくてい……、いぃぃっ!」
 みぽりんは筋肉を押しつぶすように信乃のふくらはぎを握る。両手でしっかりと挟み、力一杯に……。
「いやっ! あぐぅ、いたい、いたいでっすってぇ!!」
「まあ、とても固く張ってらっしゃいますわ〜。これはほぐし甲斐があるというものです〜」
 みぽりんはさらに力を入れて、信乃の脚を解していった。
「ぐぎゃああぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」

 それから数日間、<巫>の周辺では真夜中に妖が出た、いや、怪鳥の鳴き声だ、といったまことしやかな類の噂が流れることとなった。周辺住民のひとりが、政庁に務める陰陽師のもとへ調査と退治の依頼をしにいったのだが、当の陰陽師は祭後姿を見せていないとのことだった。

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 エピローグ2  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:14  -------------------------------------------------------------------------
    祭の翌朝、久音はいつものようにみたらし団子茶房<巫>の開店準備をしていた。浜のけんか祭が終わった後は、どこもかしこも休みとなるのが毎年の恒例だが、ここ<巫>だけは、ほぼ年中無休でやっている。
「おはよう」
 珍しく、朝早くから藻女がやって来た。
「あ、姫さま。おはようございます」
「たけきのの皆さんにお渡しするお土産、どこにおいてあるの?」
「お土産? 何ですかそれ?」
「えーと、一昨日くらいに信乃さんにお願いして、みたらし団子一万本用意してもらったはずなんだけど」
 団子一万本と聞いて昨日の悪夢が蘇る。結局作り上げたのは日も落ちてからで、巫で働くメイド達は祭のほとんどを見て回ることができなかった。
「え、あれ姫さんからのご注文で?」
 動揺したのか、発音が微妙にずれている。
「あ、巫には直接注文してないよ。信乃さんに祭のお団子一万個ちょうだいって言っただけ。昨夜信乃さんのところに貰いにいったら、まだこっちに保管してあるって聞いたから受け取りに来たの」
「あ、そうですか……。ちょっと待っててくださいね」
 久音は団子保管庫の方へ向かって歩く。
 あちゃー、信乃さんに悪いことしてもたなぁ……。
 昨夜のことを思い出す。
 摂政七比良鸚哥とみぽりんが奇妙な洋装で巫を訪れた。
「信乃さんは大変お疲れでしょうから、私達でねぎらおうと思いましてね」
「疲労回復薬を作ったですよー。信乃さんが来たら飲ませてあげてくださいですー」
 絶対にろくなことにはならない、そう確信は持っていたが、追加注文一万個の怨みをはらすと好機がやってきた。久音は二つ返事でそれを承諾し、信乃のお茶にこっそりと混ぜてそれを飲ませたのだ。
 結果がどうなったのかは知らないが、信乃に会うのを楽しみにしていた久音だった。
 それなのに……。
 
 久音が信乃に事の真相を話すまでに、およそ十日の時間が必要とされた。そして、あの夜何があったのか、結局信乃は何も語ってはくれなかった。

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS浜のけんか祭 エピローグ3  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/7(月) 2:15  -------------------------------------------------------------------------
    朝早くに神聖巫連盟を出立した、たけきの藩国ご一行。先頭を進むたけきのこは朝から表情はあまり芳しくない。右を歩くこんこは、一歩進むごとにあたた、あたた、と昨日の祭の疲れが残っているようで、そして左を行くボロマールは……、何があったのかわからないが相当に暗く落ち込んでいる。楽しい祭だったのに、と思っている霞月は帰路の間中ずっと不思議だった。
「ねえ、ボロマさん。昨日貴方は、どこで何をしていたのかしら?」
 町までもう少しと言ったところで、たけきのこがようやく言葉を発した。声は穏やかだが、気のせいか刺々しくも感じる。
「あ、え? あ、あぁ、昨日、ですか……?」
 ボロマールの顔がほんの少し引きつったように見えた。
 昨夜のこと、昼にこんこ達の応援に向かった霞月だったが、そこで神輿を担いでいたのはこんこ一人、ボロマールの姿はなかった、とたけきのこに報告をしたのだった。そのとき見せたたけきのこの顔は、血が凍りそうなほどに恐ろしい笑顔だった。
「帰ったらどうしてやろうかしら……」
 ぼそりと呟いた一言が今も霞月の頭にこびり付いている。
「昨日は……ですね、神輿を担いでいましたよ。ほんとですよ、何もやましいことはしてませんよ」
「ほんとに? こんこさんの応援に行った霞月さんはボロマさんを見なかったって言ってたけど?」
「あ、ああ……、えっととと、そ、それはきっと、組が違っていたからですよ」
「他国参加の組はこんこさんのところだけって案内にはでていたけど?」
「え、マジで……?」
 ボロマールの顔から血の気が引いていき、真っ青になる。
「え、ええ、と……、そう、僕には巫連盟に友達がおりましてですね。祭の実行委員をしているんですけどね、その人に頼んでの出場だったので、きっと巫国内の組に回されたんじゃないかと思うんですよ。うん、たぶん、きっとそうです」
 普段の三倍は速い口調で捲し立てるようにボロマールは答える。
「ふーん、じゃあそこは良いとして、その後はどこで何をしていたのかしら?」
「あ……、えーと、……そうだ! 強敵(とも)と闘(かたりあ)っていました」
 やたら高い調子で答え、ボロマールは顔の前で手を強く握った。
「じゃあ、その友とやらの名前、教えてくれるかしら? ちょっと確認したいことがあるの」
 今日一番の笑顔でたけきのこがボロマールに尋ねる。
「え、えーっと……」ボロマールの声が震え出す。「あ、有馬信乃さんと言いまして……」
 語尾に行くほど力が抜けていき、ボロマールはたけきのこから視線をそらした。
 そして、優位に立っていたはずのたけきのこだが、有馬信乃の名がでた瞬間、なぜかこちらも心なしか顔が青ざめたような雰囲気になっている。
「あー、そ、そうなの。うん、じゃあこの件は、まあ、もう終わりにしましょうかしら」
 どのような事情があるのかわからないが、なんとなくうやむやなままに二人の会話は終わりとなったようだ。
「あー、町が見えてきましたよ!」
 落ち込んだ雰囲気をどうにかしようと、霞月はわざとらしく明るく振る舞う。
「さ、さー、今日はもう家に帰って、ゆっくり休みましょう。明日からのお仕事のためにー!」
 たけきのこの空元気な声が、町に向かって流れていった。

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「わらしべ長者ver巫」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/27(日) 19:19  -------------------------------------------------------------------------
   FVBにいまだ亡命中のたけきの藩国(泣
街中から少しはなれた小川でたけきの藩国民ボロマールは煙草を吸っている
「ふぅー・・・・・」
煙で輪っかを作ろうとしているがはきだされる煙はいびつな形をしているだけだった
「なかなか、うまくなりませんねw」
そこに神聖巫連盟の有馬 信乃がやってきた
二人は愛煙家とゆう共通点があったのですぐに打ち解け、よくボロマールが神聖巫連盟によく遊びに行っていた
今日はいつもボロマールが神聖巫連盟に遊びに来るので信乃の方が遊びに来たのであった
「あ、僕も一本もらってもいいですか?」
「どうぞw」
懐から出した煙草を受け取る信乃、ふーっと煙草を吹かし
「キセルも良いがやはり紙巻きの方が美味いな」
「俺は紙巻き一筋なので、キセルの味なんてわかんないですよw」
しばらく談笑をした後、ボロマールがこうきりだした
「わらしべ長者知ってます?」
「あの、藁を交換していって最終的にお金持ちになるやつですか」
「それです、わらしべ長者やりませんか?」
ボロマールこの男はいきなり変な事を平気で言う男だった
「いいですけど・・・・・交換するものなんてないですよ?」
「フッフッフッ・・・・・」
おもむろに懐から白黒の褌を取り出すボロマール
この男は変態でもあった
「・・・・・・・」
あきれる信乃
「じゃ、とりあえず僕と交換してください」
懐から赤い褌を出す信乃
「はいな」
白黒の褌を渡して赤い褌を受け取るボロマール
「さぁ!!褌長者の始まりです!!!!」
ボロマールはこの後に待ち受ける運命を知らずにそう高らかと宣言した


ボロマールと別れた信乃は渡された褌をまじまじと見つめていた。
「おう、信乃さん。どうしたんでぃ」
後から声をかけてきた男、七さんである。
「あぁ、七さん。これを、ごらん下さい」
信乃は黒と白の褌を七さんに手渡した。受け取った瞬間に七さんは目を見開いて驚く。
「こいつぁ……」
「ええ、おそらく先日盗難された舶来品、熊猫の褌。やはり小僧達からの流出先はこの国のようですね……。外交問題となる前に、秘密裏に始末しておかないと」
「よし、一応これは俺が預かっておこう。信乃さんはすぐにうちの国に帰って特殊任務部隊の編制をしてくれぃ」
「わかりました。ではすぐに戻って仕事にかかります」
 信乃と七さんは立ち上がり、それぞれの方向へと進み出そうとした。
「おっと、ちょっと待ちな」七さんが信乃を引き止める。「こいつぁ俺からの選別だ。受け取ってくれい」
 七さんは手にしていた荷物から衣服を取り出し信乃に投げた。
 信乃は巫連盟専用戦闘巫女装束(七比良専用突撃巫女装束)を手に入れた。

 久方ぶりの巫連盟。ここのところ出仕に忙しく、信乃はろくに藩国へ帰っていなかった。なのに、雨がざあざあと降り注いでくれている、……気分は憂うつだ。
 政庁への道すがら、雨に濡れている一人の女性に出会った。姫巫女、藻女である。傘も持たずにびしょ濡れで、団子屋の軒先で雨宿りしていた。
「姫さま、政庁へ行かれるのでしたらご一緒なさいますか?」
 信乃は傘を差し出して尋ねる。
「やめとくわ。お仕事は摂政がやってくれるからだいじょ……くしゅん!」
 かわいいくしゃみとともに藻女は体を振るわせる。
「そうですか。ではせめて、お召し物くらいはお取り替えになられた方がよろしいですよ」信乃は戦闘用巫女装束を取り出して藻女に手渡した。「戦闘用ですが、まあ、濡れているよりはましでしょう」
「ありがとう。じゃあお礼にこれをあげるね」藻女は袖の下からてるてる坊主を取り出して信乃に手渡す。「頭にヘビの抜け殻が入ってるからご利益は強いと思うの。どこかに吊るしてあげて」
「は、はぁ……。では、僕は仕事がありますのでこれで」
 てるてる坊主を眺めながら、政庁へ向けて信乃は歩き出した。
 蛇は水神だから逆効果になるんじゃないのか……?
 頭の中でそんな疑問に悩みながら。 

 政庁の片隅、工部殿の前で、雹がずっと空を眺めていた。
「雹さん、どうかしました?」信乃が声をかける。
「え、あぁ。農業機械大丈夫かなと思って。作ったばかりなのにこんな長雨とは、ついてないですよね」雹はわずかに苦笑する。
「では……、気休め程度でしかないですけど、こんなものいかがです?」
 信乃は先ほど藻女に貰ったてるてる坊主を雹に差し出す。
「てるてる坊主ですか。ふむ、何もしないよりはましかもしれませんね」
 受け取ったてるてる坊主を雹が軒先に吊るす。二度手を打って、神様にお願いをした。
「あ、そうだ。信乃さん、ちょっと待っていてくださいね」
 そう言い残して雹は工部殿の中へと入り、手に一冊の書籍を持って再び現れた。
「この間、藩国の詳細な地図が欲しいと言ってましたよね。これをどうぞ、……といっても正確には地図ではないんですがね」
 信乃は雹から書籍を受け取る。表紙には「巫百景」と銘打たれていた。
「巫の美しい景色をまとめたものなんですがね、なかなか詳細に描かれていてそこに載っている地形を見るなら地図よりも詳しいですよ」
「そうですか、それはありがとうございます。では、僕は仕事があるので失礼」
 雹と別れた後で信乃は巫百景を捲ってみた。
 たしかに下手な地図よりは実に詳細な地形が描かれていたが、何より小国巫連盟において百景もあれば、それは藩国の地理を全て書き写すに十分な数字でもあった。
 これは、いいものを手に入れたかもしれない。ほんの少し、信乃の頬が緩んだ。

 信乃は政庁にある自分専用の文机の上に巫百景を置いて円座の上に座った。
 さて、これから仕事にとりかかるか、とマルフン人員名簿を取り出したところへ、みぽりんがお茶を持って現れた。
「お仕事お疲れさまですう」
「あぁ、ありがとうございます。ちょっと今手が放せないんで机の上に置いておいてもらえますか」
 書類に目をやったまま信乃は答える。はーい、と元気のよい返事のあとに、さらに大きなみぽりんの声が室内にこだました。
「あぁぁ! 巫百景じゃないですか〜〜!!!!」
 鼓膜が破れそうなほど振るわされた信乃は、耳を抑えながらみぽりんに顔を向ける。
「どうしたんですか、そんな大声で……」
「これ読みたかったですよ〜! というわけで貰っていきます〜」
「駄目ですよっ、それは仕事用の資料なんだから」
「じゃあ、これと交換です」
 人の話を聞いていないのか、みぽりんは信乃の机の上にどんぐりをおいて、とてとてと走って部屋を出ていく。間際に一度、みぽりんは顔を覗かせ「それは姫さまが作ったですよ〜」と言って去っていった。
 よくみると、それはどんぐりではなく、どんぐりごまであったが、信乃にとってはそんなことはどちらでも良いことだ。役に立たないという点では同義であるのだから。
 なんだかなぁ……。
 とりあえずどんぐりを袖の下に入れて、信乃は再びマルフンの書類に目を移した。

 ぽつぽつと雨が降る。ボロマールにとっては初めて踏む自国の領土。たけきの藩国はようやく亡命政権から自領へと戻ってきたのだ。FVBからの引っ越し荷物を紐解きながら、ボロマールは嬉しくて無意識のうちに国家を口ずさむ。
 数個ほど箱を開けたところで、ボロマールの腕が突然止まった。
 そう言えば黄金様からお預かりしたこの褌、どこに隠しておこうか……。
 箱の中身には様々な褌がいっぱいに詰められていた。赤、青、白、黒、黄金に桜に藤、浅葱。絹、木綿、麻に羊毛、羽毛まで。色と素材の違いだけで数十以上の種類に及び、柄違いまで含めるとその数は数百にも及ぶ壮大な収集品であった。その筋では時価数億わんわんに匹敵する、後世、黄金コレクションと呼ばれる品である。
 だが、その前に……。
 ボロマールは薄くいやらしい笑みを浮かべて、箱の中から褌を取り出した。

 ぽつぽつと雨が降る。信乃にとっては初めて訪れるたけきのの領土。特殊部隊からの報告によれば、褌小僧達はFVBから別の国へとそのアジトを移転させたらしい。彼らが乗り込んだ時にはもぬけの殻だったそうだ。それは信乃が参謀出仕で忙しい日々を送っていた時のことである。自分で指揮をとれなかった、またしても信乃は褌に対してへまをやらかしていたのだ。
 その後悔の念からか、彼はこっそりと独自に褌小僧達のアジト捜索を行っていた。
 参謀という立場を利用して、つてのある国を回っているのである。今日は立案班で世話になっている班長の国たけきの藩国を訪れていた。
 さて、見つけてくれるだろうか……。
 信乃は小さな符を取り出して印を結ぶと、符は小鳥に姿を変えて空へ羽ばたいた。しばらく空を旋回し、ここも駄目か、と信乃が思い始めたその時、小鳥は旋回するのを止めて西へ向かって飛んでいった。
 信乃は見失わないようにと見晴らしの良い屋根に上って、小鳥のあとを追いかけた。

 旭、錦に、菊流し、五光、白滝、荒波飛沫。
 ボロマールの前には見事な彩色の施された褌がいくつも並んでいる。
 素敵だ……、どれもこれも素晴らしい……。
 感嘆のため息ばかりが口から漏れる。
 左手には杯、右手には煙草、そして目の前には名匠の作品達。
 ボロマールは至福の空間に、その日はいつも以上に酔ってしまった。
 
 理力を使い果たしたのか、空を飛んでいた小鳥が急にもとの符へと姿を戻し、空からふわりと信乃の手元へ落ちてきた。それとほぼ同時のことである。ばたん、と人が倒れたような物音が、信乃が立っている屋根の直下から聞こえてきた。
 信乃は屋根の上に伏せ、開いたままの窓から中の様子を窺う。中には顔を真っ赤にしたボロマールが大の字になって倒れていた。足下には高級酒と書かれた酒樽がボロマールを真似て横になっている。
「ふん……、そぅ……。うははははは!」
 ……酔いつぶれただけか。
 友人の幸せそうな寝言を聞きながら少し微笑んだ。
 信乃が屋根に立ち上がろうとした時、袖の下に入れていた姫さまが作ったどんぐりごまがぽろりとこぼれたが、信乃は気付かずボロマールの屋根から離れていった。

 どんぐりは転がっていく。屋根を伝い、樋を走り、一軒の窓に飛び込んだ。
 どんぐりは跳ねていく。机を飛び越え、人を飛び越え、そして灰皿に落ちた。
 
 すると今度は煙草が跳ねた。どんぐりと場所を交代するように。
 くるりくるりと宙で三回転、そして床に広がる湖へ飛び込んだ……。

 んん〜……、暑いなぁ……。
 いつの間にか寝ていたボロマール。少し頭がガンガンする。飲み慣れぬ酒を飲んだせいかもしれない。体の内も外も、真夏のように、砂漠のように、暑い。
 寝ぼけ眼を擦りながら、ぐるりと周囲を見まわすと、世界は真っ赤に燃えていた。
 ほんの少しの濡れた床だけが青白い炎を上げていた。

 火事だっーーー!!!
 
 どこからともなく窓の外から溢れる叫び声。
 紅潮顔から一転、ボロマールの顔は真っ青に染まっていく。
 旭が、錦が、菊流しが、どんどん色を失っていく。
 五光も、白滝も、荒波飛沫にも、黒い焦げが広がっていく。

「ウギャアアアアァァァァァァァァ!!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 翌朝。
 ボロマールはようやく消防署から開放された。
 原因は煙草による失火ということで落ち着いたらしい。もちろん吸い殻はボロマールの唾液が付着したものしか見つかっていなかった。つまりは自業自得である。
 ボロマールは燃え尽きた我が家へと帰ってきた。よほどの大火事だったのだろう、黒い木炭となった柱の枠組みだけが、そこに家があったことを知らせる目印として立っている。
燃え残ったものは何もない、……ただの褌一つさえ。

 申し訳ありません、黄金様……。

 ボロマールはがっくりと膝をついて項垂れ、何度も何度も口の中で謝罪の言葉を唱え続けた。

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:SS「わらしべ長者ver巫」表示方法  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/5/27(日) 23:07  -------------------------------------------------------------------------
   ーーーーーーーーーーーーーーー
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
      冒頭文
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

→巫へ行く    →ここに残る

      <1>
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
      本 文
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   →たけきのへ行く
      <2>
ーーーーーーーーーーーーーーー
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
      結 末
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
      <3>
ーーーーーーーーーーーーーーー

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「巫の中心でXXを叫ぶ」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/6/29(金) 22:58  -------------------------------------------------------------------------
   木乃花(このはな)は嫁へ行く
八千武(やちのたける)という男のもとへ
彼の国は広大ではあったが、野も山も荒れ果てた大地であった
木乃花は自分の国から持ってきた一本の花を植えた
夏に芽を出し、秋に幹を太らし、冬には枝を蓄えた
そして春になったら花を咲かせ、数多の花びらが彼の国を包んだ
そして幾年、彼の国は花の国として知れ渡るようになった

******                   ******
いえ、めっさ別バージョンで!!!!!!!

                     ある企画会議での一言
******                   ******

 何度もくぐった巫の門である。
 ボロマールはそれを見上げていた。
 荷物は、ほとんどない。ただ右手に大きな布袋を下げているだけである。
 ボロマールはそれを引きづりながら、巫の門をくぐった。

 巫の大通りは今日も人で賑わっていた。あちこちの店から客寄せの声が上がっている。
「よう、にいちゃん。どうだい、うちで何か買ってかないか?」
 ボロマールを引き止める声、それは巫一の衣服屋「高砂屋」の呼び込みだった。
 どうりで、どこかで見たことのある顔だ、ボロマールの右手にほんのわずか力がこもる。
 ここは初仕事の思い出の場所でもあった。
「いや、今日はやめとくよ。またの機会に」
 ボロマールは力ない笑みを浮かべて、その場を立ち去った。

 しばらく歩いたボロマールの前に、大きな鳥居が姿を現した。
 そう言えばここも……。
 ボロマールは視線を落とし、右手の布袋を見つめる。ここでの仕事は厄介だった。いや、戦争であったと言っても過言ではない、それほどの激闘だった。
 懐かしい気持ちが込み上げてきたボロマールの足は、気が付くと境内へ向かって動き出していた。

 祭も終わった白浜宮神社、てっきり静かな社だろうと想像していたが、境内では神祇官服にその身を包んだ人で溢れていた。境内の中央には「かつて神輿だった木材」が一カ所に集められ、小さな櫓のように積み上げられていく最中だった。
 何をしているのだろう、不思議に思ったボロマールは事情を知りたくなり、誰かに聞いてみようと、辺りを見回してみた。すると見知った顔が一人、忙しそうに指揮をとっている姿が目に入った。
「信乃さん!」
 ボロマールの声に反応した男、有馬信乃は、ボロマールを見て頭を下げると、側にいた神祇官に二言三言何かを言って、ボロマールの方へ近づいてきた。
「こんにちわ、ボロマールさん。何かご用でしょうか?」
「いえ、たいした用事ではないんですがね、これ、何やってるんですか?」
 ボロマールは積み上げられた木材を指差して問う。
「あぁ、これですか。これは神輿供養と言いましてね、ほら、この間祭で使った神輿あるでしょ。あれを弔う儀式ですよ。神輿を燃やして灰に変え、半分はこの境内に、残り半分を神輿用木材の植林地に撒くんです」
「ほうほう、なるほどー。何でそんなことをするんです?」
「神輿の魂と言いますか、まあそんなものを次の祭や神輿に引き継いでいく、と言った感じですかね。すべてのものには神が宿り、魂が存在する、そう言った思想から来ている式ですよ」
「すべてのものに、ですかぁ」
「ええ。生物はもちろん、神輿や社、それだけじゃなく、木や草と言った自然のものにも、衣服や剣のような人のてで作ったものにも。すべての物質には魂が存在するんですよ」
「なるほどー。いや、ありがとうございます。お仕事のお邪魔してすいませんでした。では、これで」
 気難しそうな顔のボロマールは、しかし時折、くもの晴れたような笑みを浮かべつつ、腕を組みながら、立ち去っていった。

 その日の夜、それは月のない朔の空。真っ暗な巫の街の片隅に、一人の男がいた。
「ふふふ、何を弱気になっていたんだろうな、俺は」
 腰に巻いた赤い褌を固く締めながら、彼は呟く。
「たとえ姿はなくしても、お前達には魂があったんだな」
 彼は右手に持っている布袋をさすりながら笑った。
「さあ行こうか。お前達の魂を引き継ぎに!」

「有馬様! 有馬様! 大変です、赤が現れましたっ!」
 草木も眠る丑三つ時、自宅で眠りこけていた信乃のもとに、大声を上げた役人が押し掛けてきた。
「赤だと! ち、こんな夜中にぃ!」
 寝癖の付き始めた頭をおさえながら、信乃は役人の前に姿を見せ怒声を上げた。
「姫さまと摂政さまにすぐに連絡を。それから越前藩国に至急連絡を入れて宇宙のデータを送ってもらえ。軍には民間人の対空避難誘導を伝達。それから……」
「あ、有馬様……、オーマではなくて。……小僧の赤です」
申し訳無さそうな声で、役人が信乃の言葉を止める。
「……」
「……」
「マルフンに連絡、至急街中に警戒網を。それから、一隊は被害のあった家へ向かわせろ。僕もすぐに着替えてそちらへ向かう」
 マルフン達への指示を出した信乃は小さな咳払いその場をしめて、急ぎ足で自室へ戻る。役人の目の前にあった障子が、ぴしゃりと音をたてて閉まった。

「ふははははははーっ!!!!」
 奇声のような笑い声をあげながら、屋根から屋根へと飛び移る黒い影。
 時折止まっては手に持った布袋から何かを掴んで空へと投げる。
 粉のようなその物体は、風に乗って巫の街の至る所へと降り注いでいた。
「いたぞ! あの屋根の上だ!」
 松明を持った役人が屋根を指差して仲間に報せる。
「ふははははー。お前達のような輩に捕まるものか! これでも食らって成長するが良い!」
 赤は布袋から粉を掴んで役人達に浴びせる。
「うわー! げほげほっ! な、なんだこれはー!?」
「漢の魂! 勇ましき神の権化! お前達にもしっかりと注入してやるぞ!」
 そして赤はまた隣の屋根へと飛び移り、布袋の粉をばら撒きながら走った。
「お、追えー! やつを逃がすなー!」

「一体やつは何をしたかったんだ?」
 翌日、信乃が被害にあった家や店をすべて回った後、首を傾げながら政庁に戻ってきた。
 被害にあったのはすべて過去に褌小僧の被害にあった場所の近辺であった。そして、今回、褌は一つも盗まれてはいなかったが、家屋中が灰まみれになっていた。
 どうやら昨晩現れた赤は、過去自分が盗みに入ったところへ何かを燃やした後の灰を撒いただけのようである。
 まったく不可思議な事件に、この後しばらくの間、信乃は頭を悩ませることとなった。

 灰まみれになった男が一人、入国管理局を訪れた。
「すいませーん、この国に移住したいのですが……」
 対応口の奥からキセルをひょこひょこと上下させながら役人が姿を現した。
「あいよー、っと。おいおい、あんたも昨夜の被害にあったのかい?」
「被害? 何かあったんですか?」
 灰まみれの男が首を傾げる。
「いや、あんたのその灰まみれの格好さ。昨夜褌小僧が現れて街中に灰を撒いていったって話だが、あんたもそのせいでなったんだろ?」
「はははー、そんなことないですよ。この灰はね、漢の魂の継承ですよ!」
「そ、そうなのか? まあいいや、入国だったな。そこの書類適当に埋めといてくれや」

 その日、巫の国民台帳に新しく「ボロマール」という名が刻まれた。

<了>

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 ───────────────────────────────────────  ■題名 : SS「焼き鳥屋の受難」  ■名前 : 信乃  ■日付 : 07/7/23(月) 6:32  -------------------------------------------------------------------------
   うあー、一月近くも書いてなかったとは……orz
というわけで久々の新作です。
(もうちょっと書けるように頑張らねば)

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 みたらし団子茶房<巫>。
……、のすぐ隣。否、隣というより併設と言っても良いほど接近したところにある、わずか四畳ほどの小さな建物、それが焼き鳥屋「六」である。
 たいして人気もなければ客も来ない。ほぼ常連だけで何とか稼ぎを出している現状である。世界の珍鳥焼いてます、が売り文句なのだが、もともとが野菜中心の生活をしている巫では、鳥は卵を食べるだけ、ということもあって、客足が悪いのはある意味当然のことでもある。
「ふむ、今日は140000わんわんか……。まあ、今日の客数から考えればこんなものかな」
 店主は売り上げを数えながらにやりと笑った。
 ちなみに今日の客は一人である。あきらかに桁がおかしい。
「こんばんわー」
 収支計算も済ませたことだしそろそろ暖簾もしまおうか、と店主が立ち上がったとき、また一人客がやって来た。
「いらっしゃい」
「とりあえず、ねぎまとかわとつくね」
「へいっ!」
 店内に香ばしく焼ける匂いがする……、事もなく出された三品。
「ねまきと革とつくし、おまちぃ!」
「……、いや、そうじゃなくて。ねぎまとかわとつくねだよ」
「その前に、その三品の代金払ってもらえます?」
「何で間違って出されたものに金払わなきゃなんねえんだよ!」
「もー、あんまりわがまま言わないで下さいよぉ」
 そう言った店主は両手を挙げて、パンパンと二度叩いた。
「およびで?」
 どこから現れたものか、突然店内に力士顔負けの体格の良い大男が姿を見せる。
「10万わんわんになります」
 店主は満面の笑みを浮かべて、客に請求書を渡す。
「です」
 客の隣に立った大男が指を鳴らしながら店主の後に言葉を続ける。
 客は一目となりの男を見た後、店主の方へ視線を移した。顔は笑っているが目は本気のようである。
「……、分割でも良いですか……」
「いいですよ。では、ここに住所と名前、それから身分証も出して下さいね?」
 客はおとなしく店主に言われた通りの作業を行う。そして、立ち上がって一目散にその場から逃げ出した。
「毎度有り〜、またきてくださいね」
 とても上機嫌な焼鳥屋店主の声が、客の後を追いかけていった。

 理力隊へ配置転換して以降、有馬信乃は巫国内ではほとんど仕事をしていなかった。政庁へ出仕しても日がな一日図書寮に籠って書を読みふけっていた。ここが一番サボるのに適当な場所だからである。そこへ、侍女隊のミツキがやって来た。
「信乃さん、ちょっと……」
「どうしました?」
「じつは……、ちょっと大切なお話があるんです」
「ほうほう、なんでしょう?」
 ミツキは他に人がいないか周囲を確認して確かめると、静かに扉を閉めた。
「あのですね……、じつは……」
 それは何かを躊躇う口調、だが決意を固めた顔つき。
「摂政さまが、ぼったくり店を開いてるって噂があるんです!」
 二人の間にはほんの刹那の沈黙。
「……、まさかミツキさんのとこまで噂が広まってましたか……」
 信乃はこめかみを押さえながら大きく長いため息をついた。
 それはほんの数週間前のことである。開店とほぼ同時にぼったくり疑惑がかけられていたとある店。店主が摂政であることを知っていた信乃は密かに摂政執務室へ赴いて事の是非を聞いていた。本人曰く、世界の珍鳥なんだからこれは適正価格だ、と言っていたが、大人一食分で高級官吏一月分の給料が飛ぶ焼き鳥屋など認められようはずもない。
 改めないと業務停止処分ですからね、と釘を刺し、その後こっそりと視察に行ったときには、適正価格のお品書きが並んでいたためほっと安堵していたその矢先の出来事である。
「どの程度まで広まってます?」
「えーと、侍女隊ではもうほとんどの隊員が……」
「店名まで知られてますか?」
「いえ、そこまでは。ただ、摂政さまの店としか」
 同僚である侍女隊の面々に名前も覚えてもらってないとは……。ほんの少し同情を覚えつつも、だが顔つきは役人としての職務遂行へと赴くものに変わっていた。
「どうかこのことは内密にし……」
 そこまで言いかけた時である。
「うええええええええええん! 六でぼったくられたですううううーーーーー!!!」
 閉め切っているはずの図書寮。その壁の向こうから大きな泣き声が聞こえてきた。
「ミツキさん……、黙らせといて下さい……」
 信乃は額を押さえながら天をあおいで、図書寮を出ていった。

「ん〜、ふっふ〜ん♪」
 何やら上機嫌な焼き鳥屋店主。外国から取り寄せた桃色の「びきに」一丁で開店準備をしている。なんでも有名なぶらんど品というものらしく、こんな小さな布切れ一つで昨日の売り上げを越えると言うから驚きである。だがそんなものを簡単に買えてしまうほど、今の店主には蓄えがあった。ただその数百倍の債務もあるが……。
 褌の次はこれもいいか、などと考えながら今日の仕込みをしていると、店の扉を開く音が聞こえた。
「あ〜、すいません。まだ準備中なんですよ〜」
「……、なにやってんですか、そんな格好で……」
 低く震える女性の声。いつの間に用意されたのか、桜模様のバットが握られている。
「あ……、い、いや……、ち、ち、ちちがうんだ、これは……」
「何が違うと?」
「ほら、夏だし、暑いし、開店前だしっ! こんな恰好でもいいかなって!」
「ほんっとうに、そうなんですね?」
 やたらと早いししおどしのように、こくこくと頭を縦に振る。
 もしも彼女が参謀に務めていなかったら、ここまでの大事にはならなかったのかもしれない。笑って済ます……、ことはなくても、黄色い悲鳴の一つや二つで終わっていたことだろう。運の悪い店主である。
 だが、運の悪いときというのは、決まって重なることが多いと言うのが、世の常であった。

「摂政さま、いらっしゃいますか?」
 がらりと引き戸を開けて中へ入った信乃の目の前には、桃色ビキニの七比良鸚哥と、バットを構えたりっかが立っていた。
「えーと、お楽しみ中のところ申し訳ありませんが……」
「楽しんでないからっ! 助けてください、信乃さんっ!」
 今にも泣き出しそうな顔で信乃の足下にすがりつき懇願する鸚哥。りっかはにこやかにこんにちわ、と信乃に挨拶をするが、周囲の空気はとても冷たそうだ。
「ん〜、まあしょうがないですね。お助けしましょうか?」
「ほんとですか!?」
「Σ、信乃さん!?」
ほぼ同時にあがる二つの相反する声音。
「ええ、僕としてもいま摂政さまに怪我とかされると困るんですよね。はい、こちらをよく読んでください」信乃は鸚哥に二通の書状を手渡す。「本日この時をもって、焼き鳥屋六は業務停止に入ります。並びに摂政さまにはぼったくり容疑がかけられておりますので、政庁までご同行願います」
「摂政さま〜、ぼったくりってどういうことでしょうか?」
 軽く二、三度バットを振ったりっかの声はさらに低く、そして冷徹になって、鸚哥の胸を突き刺す。
「い、いいいやいやいや、こ、これは何かの間違いですよ」
「政庁の方で申告を受けました。焼き鳥40本で40000わんわん、あきらかに不当な値段です」
「でででで、でもですよ。ほら、お品書きにはちゃんと一本1000わんわんって」
 鸚哥は手近なところにあったお品書きをとって焼き鳥の値段を指差す。そこには「焼き鳥一本一〇〇。」と書かれていた。
「お品書きにはちゃんと表記してるんだから、これならぼったくりじゃないですよね」
「えぇ、そうですね。ではぼったくりは無罪としましょうね〜」
 信乃はにこにこと笑っている。それにつられて、鸚哥も笑う。
「では、詐欺罪でさらに重刑ということで。あー、現行犯なんで令状無しで逮捕ですから。りっかさん、そのお品書き、証拠として確保で」
「ちょ、っちょっと待って下さいよっ!! む、無実だーーー!! 助けてごみんかーーん!!」
「無理ですよ、護民官であるみぽりんさんからの訴えなんだから」
「………………っ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚いていた鸚哥はとうとう言葉につまり、寒々とした店内には気の早い蝉の声がよく聞こえるようになった。
 ――なんとかしなくては……、何か方法は……。
 ――そうだ!
「ぎゃーーーーー!」
 突然、鸚哥が頭を抱えて床を転がり出した。
「どうしました、摂政さま?」
 またか、と言ったような調子で信乃が摂政に尋ねる。
「あ、あたまが……」
「頭がなんです? 悪いんですか?」
「え、ええ、そうなんです。頭が悪くって……。うぅ……」
 信乃は袖の下から煙草を取り出し口にくわえた。そしてマッチで火をつける。
「ちょうど保育園も出来たことですし、1から勉強しなおして良くなって下さい」
「ちょ、いや、そうじゃなくて……」
「あの……、ほんとに何かの病気なのでは……」
 いつ殴りかからんかという体勢にあったりっかも、病気かもしれない、となるとさすがに手を出しづらいのか、鸚哥を心配してバットをしまう。
「あー、じゃあ腫瘍がないか調べましょう。ちょうどそこに包丁あるから切開して」
「Σなっ!」
「ご心配なく、刃物の扱いは慣れてますから。それとも、政庁でちゃんとした医師に診てもらいます?」
 信乃はぷかりと煙を吐いた。
「はい……、ご同行いたします……」

 翌日、何事もなかったかのように巫は回っている。みぽりんは食堂に陣取り、りっかは素振りをし、信乃は書に浸り、そして姫巫女は今日も街へ遊びに出かけていた。それでも政務は滞りなく進んでいる。
「あれ、信乃さん?」
 今日もミツキが信乃のもとへやって来た。手には大量の書類を抱えて。
「どうなさいました?」
「えーと、ここは摂政さまの執務室、ですよね?」
「そうですよ」
 昨日まではなかった図書寮の書が大量に執務室へ持ち込まれている。それを読みあさっているのは椅子に座って湯のみを傾ける信乃。知らぬものが見れば、ここの主のようだ。
「あの、摂政さまはどこに? この書類今日中に決済していただかないと明日からの仕事が進まないんですが」
「あぁ、じゃあそこに置いておいて下さい、僕が届けますんで。摂政さまの執務室はしばらく別の場所へ移っているんですよ」
「そうなんですか。でも、信乃さんもお仕事あるでしょうし、場所を教えてくれたえら自分で行きますよ」
「いえいえ、これが僕の仕事なんですよ。当分は僕を通して摂政さまに仕事を渡すことになりますんで、侍女隊の方にその旨伝えておいて下さい」
「そうなんですか? えーと、では、お願いします」
 ミツキは書類を机の上に置いて、ではー、と言って執務室を出ていった。
 さてと、急ぎのようだし刑部省まで行くか。
 信乃は手にしていた書をおいて、その変わりにミツキが持ってきた書類を取り上げる。

 今日も巫は政務が滞ることなく進んでいる。そして明日も、明後日も……。

<了>

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